携帯電話からスマホへ買い替えたばかりの頃、彼と出会い好きになった。
番号交換するときもスマホでは赤外線通信が出来ないと知らず、必死に機能画面と睨めっこしながら、買い替えてばかりでまだよくわからないんですよ、もうちょっと待ってくださいね、と言い訳をし、だけど探しても探しても見つからなくて、そしたら彼はくすくす笑って、たぶんね、そのスマホは赤外線通信できないんじゃない? と言われた。
「え? そうなの!?」
「うん。買う時に言われなかった? こっちのメーカーは赤外線と絵文字を使えるけれど、こっちのは出来ませんって」
「知らない。ピンポイントでこれを買いにいったから。……というか、知ってるなら早く教えてくださいよ!」
「いや、ごめん。あんまりにも必死だったし、なんとなく言いそびれて」
一歩間違えれば、いや、惚れた弱みがなければ、なんて性格の悪い人なの! と憤ったに違いなかったが、私はそういって笑う彼に見とれてしまった。
彼は鞄から手帳とペンを取り出して、番号とアドレスを書いてくれた。
その手帳が、私も使っているものだったから、
「それ、私も使ってる! 毎年9月に購入するんです。ネットで買うとおまけにペンとかついてくるんですよね」
「そうなんだ。たまたま入ったお店で使い心地が良さそうだったから買ったんだけど」
「ふーん。じゃあ、来年の分を買うときもその手帳にするなら一緒に買いますよ。おまけ、ついてるほうがいいでしょう?」
「うん。そうだね。どうもありがとう」
私のお節介な提案に、彼は不快さを示すことなくお礼を述べた。その姿に、品のいい人だなとそんな感想を抱いた。
それから三ヶ月ぐらい、私はとても懸命にアプローチをしたのだけれど、恋が実ることはなかった。告白して振られたというのではなくて、アプローチをしているうちに、なんとなくこの人は恋人とかそういう感じになるような相手ではないとわかってしまったのだ。そしたら熱が冷めていき、だけれど、あれほど熱心だったテンションを今更変えるのは失礼なような気がして、結局は疎遠になってしまった。
だから、半年以上ぶりに彼から連絡がきたときは、少し驚いた。
「手帳を購入するなら、お願いできないかと思って」
「手帳?」
「あ、もしかして今年は買わない? ネットで買ったらおまけがもらえるって言ってたから、買うなら一緒にお願いしようと思ってさ」
「あ、ああ、そっか。そうですよね。私が言ったんですよね」
「思い出してくれて、どうもありがとう」
その丁寧さに、品のいい人だなと感じたことが蘇ってきた。私がほとんど一目惚れに近い形で好きになり、猛烈にアプローチして、少しずつ恋が萎れていったことも。
「いいですよ。買いますけど、カバーとかはどれにしますか?」
「カバーはいらないです。本体だけでお願いします」
そう約束をして電話を切った。なんだかとてもどきどきした。
商品が届いて、私たちは会うことにした。彼は手間賃だと言って食事をご馳走するよと言ってくれたが、自分の注文のついでにボタンをポンって押しただけだから食事をご馳走してもらう方が高くつきますよ。でも、お礼は嬉しいのでケーキにしてください。行きつけのカフェの、水曜日のタイムサービスドリンクとよりどりみどりケーキが三つ選べて1,000円のスペシャルセット! と言ったら、彼は、いいね。ケーキにしよう。とあっさり決まった。
駅で待ち合わせをして、お店に入って、ケーキを選ぶ。せっかくだから、全然バラバラのを六種類注文して半分個することにした。
先に、紅茶が二つ運ばれてきて、そういえば、お久しぶりですね、と挨拶もしていなかったことに気づいて、私はピッと背筋をただした。
彼はポットからまず私に紅茶を注いでくれて、次にもう一つのポットから自分用に注いだ。
「とてもお久しぶりですね」
私はミルクを注ぎながら言った。
「そうだね。手帳を買おうと思って、急に思い出して連絡したけど、随分ぶりだね」
「そんなにおまけのペンがほしかったの?」
「うん。おまけは魅力的だろう。僕は昔から、お菓子についている玩具とか集めるのが好きだったんだ」
正直がっかりした。君に会いたかったんだ、と言われたかった。
ああ、そうだ、彼はこういう人だった。親しげで、屈託なく、それでいて凛然と線がある。色恋というものを匂わせない潔癖さを常に私に見せていた。私はその無言の清らかさにだんだんと息苦しさを感じてしまったのだ。
だだ、それは嫌いになったのとは違う。私も、そして彼も、互いに礼儀正しい好意を持っている。この人とは恋人にはならないだろうけれど、きっとずっとこの好意は存在し続けるだろうと思わせるいい距離感の好意だった。
「じゃあ、来年も、手帳を買うときは一緒に買いましょうか」
私は言った。それは一つの決意であり、毎年一度、会いましょうねという、守られるのか破られるのか来年になってみないとわからない、社交辞令ともとれる曖昧な約束だった。
「よろしくお願いします」
彼は深々と頭を下げた。
その律儀な姿勢に見惚れているとちょうどケーキが運ばれてきた。
ベイクドチーズと洋ナシのタルト、ガトーショコラにババロアとシブースト、そして定番の苺のショートケーキ。それらを彼が綺麗に切り分けて(ちょっとだけ私の方が大きめ)お皿に取り分けてくれた。もちろんショートケーキの上に乗っている大きな苺は私にくれる。
「どうも、ありがとう」
私は彼のように丁寧にお礼を述べたあと、遠慮せずに苺をぱくりと頬張った。それはとても甘かったけれど、ちょっとだけ酸っぱい味がした。
2014/9/9