キュンとする10のお題 04 > novel index
[04] もたれかかる 【恋の罠  晶規×咲穂】

 友人曰く、私は晶規に甘すぎるらしい。そんなことはけしてない。初めての恋人だったし、恋愛がどういうものかよくわからず、最初の頃こそ晶規のすることをなんでも聞いていたことは否めないけれど。その当時の印象で見ないでもらいたい。何年も一緒にいるうちに、晶規の我儘への対処も覚えた。だからそんな甘やかしてないよ。と反論した。それなのに、まったく信用されない。酷いなぁ、と感じたのだが――。

 ご機嫌、ななめだ。
 一泊旅行へ出掛けた。帰りの新幹線を降りると、晶規の機嫌がすこぶる悪い。わかりやすく"拗ねてます"という表情でだんまりを決め込んでいる。機嫌をとってほしいというのはわかったけれど、そんな小学生じゃないんだからと呆れる気持ちと、旅行疲れでしんどかったのと、理由がさっぱりわからないことで、面倒さが勝りほおっておくことにした。異様なほどの寂しがり屋だから、そうすれば自分から歩み寄ってくる。長い付き合いのうちに覚えた方法だ。
 ほぼ無言で帰宅して、気まずさを誤魔化すためにテレビをつけて、ソファに横になる。
 晶規は台所でなにやらしているけれど、しばらくすると案の定傍まで寄ってきた。ソファの背と私の間に無理やり割り込んで同じように寝そべった。正直かなり窮屈で、下に落ちそうだけれど、それを防いだのは腰を抱く晶規の腕だ。スラリとして華奢に見えるけれど抱かれるとやっぱり男性なのだなぁと思う。
「咲穂」耳元に唇をつけるようにして呼ばれる。 
「うん、何?」尋ね返しても答えは返ってこない。代わりにぎゅっと強く抱きついてくる。ぎゅーーーーーーっとされると息苦しいし暑苦しいし、でも晶規の香りがするのは嫌いではない。
 腰に宛がわれた腕に手を当てて撫でながら、もぞもぞと動いて晶規の方へ向き直る。晶規の顔からは不機嫌さは消えていたけれど寂しげだった。
「私、何か気に障ることした?」新幹線に乗り込んでからすぐに眠ってしまった。何かをすることなどない。もしかして話をしたかったとか? だけどこれまでも何度か旅行して、その帰りに疲れて眠ったことがあったけれど拗ねられたことはない。今回に限って駄目だったなんて無茶苦茶だし、そこまで勝手な人ではない。だとしたら、「寝言で何か言ったとか?」
「何かって何?」
 静かな声が怖い。
「……別の人の名前を呼んだとか?」
「夢の中でも会いたい人がいるの?」
 可笑しそうに聞いているが声音とは裏腹に眼の奥は笑っていない。私はもしかして墓穴を掘っているのかも。
「い、いるわけないでしょ」
「そうだよねぇ。咲穂は俺のこと大好きだもんねぇ」
 にっこりとほほ笑み(やはり目は笑っていないけど)告げられる。
 正直、私は晶規のこういうところは今も苦手だ。自分のことを好きだろうと堂々と言っちゃうのはどうかと思う。傲慢な言葉のようにも聞ける。ただ晶規の場合は自信があってというより不安から肯定してほしくてなのだとわかったので偉そうな印象は薄まった。代わりにそんなに私の気持ちを信じられないのかと不満を感じることが増えたけど。
「……うん、そうだね」でも、今回は素直に答える。ここで意地を張れば状況は収拾つかなくなるから。ところが、
「じゃあ、なんで?」
「なんでって?」
「なんで窓にもたれかかんの?」
「……えっと、何?」
 言われている内容がピンとこなくて――というより、理解はできたけどそんなことで怒っているのかと思えば眩暈がする。付き合い始めて数ヶ月の年若いカップルとかなら可愛いと思えるのかもだけど、二十代後半の男がそんなことで機嫌を悪くしたなんて問題ありだと感じられた。だから違うと言ってもらいたくて聞き返すと、
「新幹線で、普通は俺にもたれかかるでしょ? なのに、あんな無機質な窓の方にすり寄って、なんなの?」
 ご丁寧に説明してくれる。
 なんなの? ってあなたがなんなの? と私は言いたいのだけれど。それで不機嫌だったのかと呆れるを通り越して呆れ果てる。開いた口が塞がらないとはよくぞ言ったと愕然とする。けれど、晶規は真顔で真剣だった。
 どうしてこの男は――私はもっと信頼しあって、ツーと言えばカーみたいな、以心伝心。離れていても大丈夫とか、そういう静かな絆みたいなものに憧れがある。安心され過ぎるのも問題だというけれど、私の気持ちをちゃんと信じてくれて、離れていかないと、私の存在を当たり前みたいに思われたい。それが、晶規の独占欲なのか執着なのかは付き合い始めて十年経過する今も変わらない。若い頃のままなのだ。だから、
「そんなに私が好きなの?」さっきの仕返しというより、思わずもれた台詞だ。すると、たちまちに晶規の顔は朱に染まる。同じことを私には平然としたくせに、自分がされると動揺するなんてどうかと思う。典型的な打たれ弱いタイプだ。
――まったく、この男は。
 動揺を見せる晶規の頬に手を添えた。熱を帯びて熱い。
 どうしてだろうと、今度は自分自身に呆れる。うんざりとしていたはずなのに、恥ずかしさからかじんわりと目に涙まで浮かんでくる晶規の姿に言いようのない愛おしさがこみ上げる。
「……ごめんね?」言いながら頬を撫でる。
 晶規は無言のままだったけど、私の身体をぐっと抱きなおした。僅かの隙間のなく密着すると心臓の音がする。自分のものか晶規のものか区別がつかないほど溶け合っているように思えて、私は息を吐いた。
「寝る」小さく、まだふてくされているような声がする。
「うん」私は抵抗することなく頷いた。
 それからしばらく健やかな寝息が聞こえ始めたので眠る顔を覗く。
 あどけない表情だ。
――子どもみたい。
 それでもなんだかんだあれ愛想をつかすまで至らない。この十年別れたいと考えたことはない。ややこしい男だと疲れることはあっても、傍にいることをやめようとは思わなかった。
 あばたもえくぼ? 惚れた弱み? たぶん私はこの先も晶規に困らされるのだろう。そして仕方ないと受け入れるのだろう。
 そこまで考えると、晶規に甘いという友人の見解は悔しいけれど真実なのかも、と認めざるをえなかった。だけどそれが私の幸せだから、もう開き直るしかない。



2012/8/29

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