[05] 寝た時の半開きの口 【Love or Fight 翔吾×ちぐさ】
世の中には理屈ではないことが山のようにある。何故? どうして? と叫んでしまうようなことが。その一つが、姉と翔吾さんが付き合いだしたことだ。
誤解のないように言っておくけど、別に反対しているわけじゃない。姉が幸せになってくれることは嬉しい。実の姉の幸せを願わないはずがない。だけど、それとは別に、理解できないのだ。翔吾さんが姉を選んだこと。
だって、翔吾さんなら、もっといい女がいくらでもいるはずだ。ぶっちゃけ姉はいい女とは到底言い難い。それなのに何故姉と付き合うのか。いい女を見過ぎて、毛並みの違う姉が新鮮に見えたのだろうか。麻痺してしまって、よく見えたのだろうか。だとしたら、おそろしいことだ。何かの拍子に目が冷める。そしたら姉は振られるだろう。姉の傷つくところはみたくない。きっと立ち直れないと思う。翔吾さんはすぐに相手を見つけられるだろうけど、姉は次を見つけられるか微妙。一生、一人かもしれない。考えるだけでも胸が痛い。だけど、いや、だから、別れるなら早い方がいい。傷も浅くて済むから。と、思っていた。
「よー、珍しいな。お前がこんな時間に家にいるなんて。今日はデートには行かないのか?」
日曜の夕方。翔吾さんがやってきた。もちろん姉に会うため。
付き合い始めてから二人は日曜を一緒に過ごす。と、いっても、翔吾さんは仕事が忙しく、呼びさだれれば日曜も返上で出掛けたりする。そんな時、姉は一人で過ごす。寂しい思いをしているだろう。それを翔吾さんにぶつけて、「鬱陶しい」とか喧嘩になって別れるのではないかと、僕はひそやかに思っていた。今のところ、そういうことはないようだけど。
「僕だってたまには家にいるよ」
「とっかえひっかえ遊んでるってちぐさが嘆いているけど?」
「そんなことないよ」
誘われるから行くだけで、僕が率先しているわけじゃない。
「で、あいつは? 部屋?」
「寝てる」
僕はダイニングのソファを指差した。
DVDを観ていたのだが、途中で眠ってしまった。
翔吾さんは何の躊躇いもなく近寄る。そしてソファの傍にしゃがみこんで眠っている姉を見つめる。僕はその様子を注意深く見つめる。翔吾さんは穏やかな笑みを浮かべているので思わず近寄った。
「いい年した女が、ソファにだらしなく寝そべって、口だって半開きで、幻滅しないの?」
「そう? 可愛いじゃん」
「……それって恋は盲目ってこと? 怖いね」
言うと翔吾さんは笑いながら、
「前から思ってたんだけど、お前は俺とちぐさのこと反対なのか?」
「反対じゃないよ。ただ、心配してる。翔吾さんの恋愛モードが冷めて、姉さんが振られるんじゃないかって。そしたら姉さんはきっと立ち直れない」
ずっと感じていた不安を口にしてみる。
翔吾さんは黙って僕を見ていた。だから僕は続けた。
「いい夢を見させるのは残酷だよ。今ならまだそれほど傷は深くないし、別れてあげてよ」
翔吾さんの顔からは完全に笑みは消えている。
「それは出来ない」
「なんで? 他にいくらでも相手はいるじゃん。もっといい女がいるでしょう? 今は盲目になって熱をあげてるかもしれないけど、絶対冷める。そしたら翔吾さんは姉さんを捨てる。僕はそれを見たくない。そうなる前に別れてよ」
「……お前、俺をそんな風に見てたの?」
「そんな風って、それが普通じゃないの? だって、どー考えても姉さんって女としてどうかと思う。弟の目から見てもだよ? それなら他人の目にはどう映るか見当がつくよ。何の間違いで翔吾さんが姉さんを好きになったのかはわからないけど、それはやっぱり間違いだよ。翔吾さんがまったくモテなくて、姉さんしかいないっていうなら話は別かもしれないけど、そうじゃないし。絶対にそのうち他の人がよく見えてくる。そう思わない?」
まくしたてるように言った。結構失礼な内容だ。だが、翔吾さんは冷静に僕の言葉を聞いていた。そして静かな声で、
「確かに、他にいい女は大勢いるだろうな。お前の言うようにちぐさって色気ないしな。お洒落に関してはルーズだし、綺麗なろうという努力にベクトルが向かわないのは相変わらずだ。恥をかかない程度に小奇麗にしていればそれでいいぐらいに思ってる。正直、そこに関しては不満はあるよ。やっぱり一緒にいる女には綺麗でいてほしいという気持ちは認める。だけどな、女としてどうかなんて大した問題じゃない。俺が最も大事にしている価値観はそこじゃないんだ。もっと別のところにある。それにおいて、ちぐさの持っているものがカチっとはまったんだ。だからお前が心配しているようなことにはならないよ。どちらかというとちぐさが俺を捨てる可能性の方が高いんじゃない? たぶん、ちぐさは俺にカチっとはまってはいないから」
「はぁ? 何それ。そんなことあるはずないじゃん」
翔吾さんの気弱な発言をすかさず否定する。そんな風に謙虚さを装っても騙されない。僕はそれほど馬鹿ではない、と。だけど、僕の言葉に翔吾さんは笑った。
「まぁでもこの格好はいくらなんでも無防備すぎるよな。兄弟とはいえ、この家には男ばっかなわけだし、俺以外の男にこんな姿見せるなんてムカつく。後でお仕置きが必要だな」
そう言って姉の髪を撫でる翔吾さんは、見ていて切なくなるほど愛おしげだったから、僕はそれ以上何も言えなかった。
2011/6/21