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[09] 手を引く 【天使とゲーム  史宣×つばき】

 日曜日、つばきとデートした帰り道。
 信号待ちをしていると、向かいに小学生らしい子どもが二人立っていた。男の子と女の子だ。俺たちと同じように仲睦まじく手を繋いでいる。それをつばきは微笑ましげに見ながら、
「可愛いね。私たちもあんな時期があったのが嘘みたい」
 つばきのそれは、俺たちにも小さな頃があったという意味だ。わかっていた。でも俺は、
「小学生の頃、俺たちはあんな仲良しではなかったぞ」
「……そういう意味じゃないよ」
 困った顔をする。
「でも、あんな風に出来てたかもしれないだろう? 中学に入学するまで、俺たちずっと同じクラスだったからな。もったいないことをした」
 更に続けた。つばきは過去のことを持ち出して恨みごとを述べる俺に呆れながらも、
「ほとんど話したことなかったもんね。付き合うグループも違ってたし、お互い関わらなかったから、一緒の思い出なんてないもんね。ちょっと残念かもしれない」
 そうだ。
 だけど、つばきの記憶がまったくないわけではない。
 そして、思い出されるのは当時の記憶だ。


 小学校一年の時。
 入学早々、つばきは先生にノートを配るように頼まれた。だが、つばきはうろうろするばかりで、誰にも配らない。すると、アホで短絡的なクラスメイトに、「お前、字も読めないの?」と馬鹿にされた。つばきは黙ってじっと俯いた。すると、傍にいた中西というクラスメイトが「字が読めないんじゃなくて、読めても、それが誰のことかわからないから配れないだけじゃないの? ねぇ?」とフォローした。つばきがうなずくと、「一緒に配ってあげるよ」と言って、二人で仲良くノートを配っていた。口の達者な男だった。男の口達者などろくなものではない。俺は中西ことが嫌いになった。

 小学校二年の時。
 給食当番。つばきは牛乳を運ぶ係だった。二人一組で運ぶのだが、つばきの相手が風邪で休みだった。誰かに手伝ってほしいと頼めばいいのに、つばきはそれを一人で運ぼうとした。気付いた笹山というクラスメイトが「半分持つよ」と手伝った。つばきは申し訳なさそうに、だけどちょっと嬉しそうに「ありがとう」と礼を述べた。今日の給食は揚げパンだと朝からはしゃいでる、食い意地のはった男だ。早く食べたかったから、手伝うと申し出たに違いない。俺は笹山のことが嫌いになった。

 小学校三年の時。
 水泳の授業。つばきは運動が得意ではない。二十五メートル泳げない者は赤帽子。泳げる者は白帽子と決まっている。溺れたときより目立つようにとの配慮だったのだろう。みんな、どんどん泳げるようになって白帽子に変わっていく。だがいつまでたってもつばきは赤帽子のままだ。それを見ていた新垣という男が「日曜日、プールに行くから一緒に行かない? 教えてあげるよ」とつばきを誘った。つばきは最初躊躇っていたが、最終的に受けようだった。次の授業で泳げるようになっていたから。誇らしげな新垣を俺は嫌いになった。

 小学校四年の時。
 調理実習。グループに別れて作る。つばきのグループに先生が近寄ってくると、「これを切ったの私」「味付けしたのは私」と自分がしたことをアピールしはじめる女子。そして、「石森さんは何もしてないよね」とそこに悪意があったのかどうかはわからないが言った。つばきは地味に洗い物をしていたが、食材にはノータッチだったことを「何もしていない」と言われていた。すると、同じグループの山梨が「石森さんは後片づけをしてくれてたよ」と言った。悲しそうだったつばきの顔が一瞬だけ明るくなったのを俺は見逃さなかった。それは山梨も同じらしく「そうだよねぇ?」と微笑みかける。その笑顔が何か癪に障って、俺は山梨が嫌いになった。

 小学校五年の時。
 修学旅行の帰り。疲れたせいかつばきは顔色が悪かった。学校に着いて、解散になって、ふらふらしながら帰ろうとするつばきに、三谷という男が声をかけた。母親が車で迎えにきてくれているから、家まで送っていくよ。よほどしんどかったのか、この時ばかりはつばきは素直に受け入れた。母親に車で迎えにきてもらうなんて、マザコン男だ。俺は三谷が嫌いになった。

 小学校六年の時。
 卒業式が終わって、皆、校門の前でざわざわしていた。明日から、もうここの生徒ではないことに感慨深さを感じて、なんとなく帰ることを躊躇っていた。つばきも同様らしく、寂しそうな顔をしたいた。そんなつばきに、一緒に写真を撮ろうと近寄る男がいた。青山という男だ。つばきに気があった。並んでカメラにおさまったあと、「なんか寂しいね。でも中学も一緒だからそんなことないか」と言った。つばきは「そうだね」と笑った。つばきと青山は中学も一緒。俺は私学へ進学する。そのことになんかムカついた。青山のことは好きじゃなかったが、本気で嫌いになった。


 思えば、俺はつばきに近寄る男をやたらめったら嫌いまくっていた。それが何故なのか、深く考えなかったけれど、今にして思えば、俺は当時からずっとつばきを好きだったのだ。本当は俺が、困っているつばきを助けてやりたいと思っていた。でも、それを上手に言えなくて、代わりにそれをしている男を嫌い憎んだ。羨ましかったのだ。俺がそうしたいのに、と。だけど、
「あの頃の分は、これから取り返そうな」
 言うと、つばきははにかんだように笑ってくれた。
 信号が青に変わる。
 俺は繋いだ手に力を込めて歩きだす。つばきもそれに促されるように一緒に歩く。

 この手を引くのは、俺だ。
 これから先、ずっと。
 あの頃出来なかったことが、ようやく叶った。

 前にいた小学生の二人組とすれ違いざま、嬉しそうに歌を口ずさんでいるのが聞こえた。 



2011/7/14

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