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似た者同士

「友達でいたい。それは体のいい断り文句なんだと思っていた。だけどこれまでと同様に、連絡が来る。本気で友達でいたいってことなのだろうか。それとも、振ったことへの罪悪感から優しくされているのだろうか」
 私が言うと、雨宮は「ろくな男じゃないな」というような苦い顔をして、
「つまり、付き合えないけど、好かれてはいたい。俺のことを一番に考えていてくれって意味だよ。そんなこともわかんないなんて馬鹿な女だな」
 吐き捨てるように言われた。
 私はたちまち泣きたくなった。というか、泣いてしまった。そんな言い方することないじゃないか。失恋して、落ち込んでいるのに。
「泣くな! 泣いてる暇があれば、そのアホ男に復讐してやるぐらいの気概を見せろ」
「……復讐って、別に私は、遊ばれて、ポイされたわけじゃないし…」
「遊び人の男に、遊ばれさえしなかったんだもんな」
 また、酷いことを言う。
 でもその通りだった。
 川辺成久は遊び人だった。それを知っていたのに、好きになった。好きになるつもりなんてなかったのに、好きになってしまった。たぶん、きっと、彼が私に気を許していたからだ。自慢できる話ではないけど(いや、もう、ガチに自慢できないけど)、彼は私を女としては見ていなかった。でも、人としては気があって仲良くなった。
「お前といると、気を遣わなくていい」
 というのが口癖で、事実、彼は彼の周囲にいる女性に見せる気遣いを私に示したことはなかった。本当ならそのことに不満を感じ、寂しいと思い、或いは怒りを感じてもいいのかもしれない。だけど私は、そういう女性として接せられることが苦手だったから、そうではない彼に安堵し、そして好きになったのだ。そう、もし、彼が少しでも私を女性として見たり扱ったりしていたら、私は怖くなって逃げ出したけど、そうじゃなかったから好きになった。女性として私を見ないから好きになったなんて――なんて厄介な好きになり方をしてしまったのか。最初からどう考えても暗礁に乗り上げていた。
 だけど、好きになってしまったのだ。こればかりは仕方ない。

 で。

 とにかく、告白しようと。
 告白しないことには始まらない。
 私の気持ちを知れば、もしかして意識してくれるかも――なんてちょっとばかり期待して告白した。ら、あっさり振られて。「友達でいよう」と言われて。それでも私は、告白したわけで。彼を好きだと知られたわけで。だからさ、ちょっとはぎくしゃくしたりもして、そこから「友達でいよう」とは言われたけど、何かが起きるのではないかと、まだ期待していたのだ。
 しーかーしー。
 そんなことは起きず。
 彼はぎくしゃくした様子をわずかばかりも見せず。これまでと一切変わらなかった。

 これ、どうよ?

「やっぱりさー友達でいるなんて無理だよ。もう無理。絶対無理。好きになったら、男女の友情なんて成立しない!」
「それは俺じゃなくて、あの男に言え。そして金輪際連絡を断て! それがお前のためだ」
 雨宮はしかめっ面で言った。私はうなずいた。

 だけど。

 私は彼から離れることは出来なかった。
 彼を避けて、なるべく会わないようにした一週間。
 会いたくてたまらなかったけど、我慢し続けた。
 それなのに、彼の方から会いに来て、

「お前一体、どういうつもりだ?」
「どどどどどど、どういうって何が?」
「どもってるのは後ろめたさがあるからだよな?」

 ご機嫌斜めな笑顔を向けられ身の毛がよだつ。

「別に、後ろめたいことなんてないけど?」

 私は言い返す。
 そうだ。後ろめたいことなんてない。

「そうか……なら何故俺の連絡を無視する」
「忙しかったから」
「はぁ? 年中暇人の引きこもり人間が何言ってんだよ。俺のこと避けてたんだろ」

 誰が年中暇人の引きこもり人間だ! と言い返せない自分がはがゆい。そうだ。私は家が大好きだ。家でDVD観賞。それが一番の至福の時だ。ちくしょー。こういう時、私生活を知られていると辛いぜ。
 こうなったら、仕方ない。
 真実を話そう。
 私は覚悟を決める。

「やっぱり、あなたとは友達には戻れない」
「なんで?」
「なんでって……わ、わ、私は、あなたを好きだから」
「好きなら一緒にいるだろ。普通」
「いやでも、振られたわけだし。振られた相手の傍にいるのは辛いと言うか。諦められなくなるといいますか」

 ああ、何故、こんなことを言わなければならないのか。
 この人はこんなに鈍感に人間だったのか。

「友達でいようって言ったら、うんって言ったのはお前だろう? それなのに、今更辛いからとか無視しやがって。信じられないね」

 酷くご立腹のご様子で。

「お前は俺が唯一何でも話せる女友達だ。だから友達を続ける。いいな」

 そして酷く一方的なご様子で。
 でも、結局、私はまたうなずいて、彼との友人関係を継続することになり、それはそれは、切なく苦しく悲しい時間が始まった。

 私、一体、何してんだろ?

***

 お前、一体なんなんだ?

 はるひの話を聞きながら、怒りを抑えるのが大変だった。
 どう考えても舐めている。舐めきっているだろう。

 春日はるひ。名は体を表すと言うが、名前からしてのほほんとしているというか、ぬけているというか、ボーッとゆるい感じだが、その通りの奴だった。中学二年の時に俺の隣に引っ越してきて、以来の腐れ縁。別に面倒なんてみたくなかったが、ほおっておくといろいろ厄介事に巻き込まれる性分で、仕方なく世話をしていた。高校、大学とそれは続いている。
 ずっとこんな感じの日々が続くんだろうな、と。
 まぁ、それもいいか、と。
 俺は諦めていたのだ。
 それが、突然。

「好きな人が出来た」
「は?」

 言われた時、意味がわからなかった。
 好きな人が出来た。
 好きな人が出来た。
 好きな人が……それは、俺ではないのだよな?
 いくらはるひが間抜けでも、俺のことを俺に向かって「好きな人ができた」とは言わない。日本語は普通に話せるはずだ。だから、俺ではないんだよな。
 俺ではなく、他に好きな男がいる、と。
 顔を真っ赤にして、話を聞いて欲しい時に見せるらんらんとした眼差しで俺を見つめてくるその顔に、

「はぁ〜?」

 俺はもう一度言った。
 だが、興奮しているはるひは俺の怒りの声に気付きもせず、

「あのね、あのね。同じゼミの人で。すっごい男前で。女の子にモテまくってて。でも、私のことはちっとも女の子として扱わないの。気を遣わなくていいって、まぁ、いわゆる使いっぱしり的ポジション? なんだけど。うん。そう。私はあの人のことが好きなんだ」
「お前、馬鹿か?」

 何故、そんな明らかに「相手にされてない」男を好きになるんだ。
 意味がわからない。まったく、全然、さっぱり。

 そして、その日から、はるひの恋愛相談なんかを聞かされる羽目になってしまったのだが。
(俺はそんなもの聞く気はないが、はるひは勝手にしゃべってくるのだ! それを拒否出来ない俺も俺だが……。)

 で。

 はるひはついにその男に告白した。案の定、木っ端みじんに振られた。これで俺ははるひの不毛な恋愛話を聞かされなくなると安堵した。だが、状況は予期せぬ方向へ進んだ。その男が、依然としてはるひにちょっかいをかけてくるらしい。恋人としては無理だが、友人としては仲良くしたい。我儘勝手なことを平然とぬかして、はるひはそれに振り回されている。

「だから、そんな男とは縁を切れ!」
「それが出来たら苦労しないよ。同じ大学だし、顔合わせるんだから」
「ならいっそう、大学をやめてしまえ!」
「そんな自分の人生棒に振るような真似したくないよ」

 ぐっと言葉に詰まる。確かに、男一人のためにせっかく頑張って入った大学を(俺は散々こいつの受験勉強に付き合ったのだ)辞めるなんて、愚か過ぎる。こういうところは、まともだ。

「あーあ。なんかこうさ、ミラクルが起きて、はっと私のこと好きになってくれないかなぁ。美女を払いのけて、やっぱりお前がいい、とかならないかなぁ」
「何を寝言を言ってるんだ。そんな夢物語、現実に起きるわけがないだろうが。いい加減目を覚ませ。馬鹿女が」

 怒りでどうにかなりそで、吐き捨てるように言ってしまう。辛辣な言い方だと自分でも思ったが止められない。すると、

「だって、そんなことわかってるけど、ちょっと言ってみただけなのに、そこまで馬鹿にすることないじゃない」

 はるひは、はらり、はらりと泣きだした。
 途端に、俺は罪悪感で一杯になる。
 だが、

 俺が悪いのか?
 これは俺がいけないのか?

 泣きたいのは俺の方だろ?

 はるひの恋愛話なんて聞きたくもないのに、そんなことお構いなしに言ってくるからムカついて、だからちょっとぐらい厳しい言葉が出てきても仕方ないだろう、と言いたい。言いたいけど言えない。今更、(しかも他の男を好きだって言ってる相手に)、実は俺は……なんて絶対口が裂けても言えない。言いたくない。だから、

「泣くな! 事実だろうが! ぴーぴー泣くんじゃない!」

 もう一度、キツイ言葉を言うと、今度は小さな子どものように大声を出して泣き出す。
 だけど俺は知っている。はるひの涙の本当の原因は、俺の言葉ではないこと。男につれなくされて、苦しさと切なさでどうにかなりそうで、でもそれで素直に泣くことが出来ずに、俺の言葉を引き金にして、貯め込んだ涙を流しているにすぎないこと。根底にあるものは俺に対してではないこと。

 ちくしょう。
 ふざけんなよ。
 舐めている。絶対、こいつは俺を舐めている。

 それでも、結局俺は、

「ああ、もう泣くな! な? お前の好きなアイスティーを入れてやるから泣きやめ」

 そして俺は立ち上がり、キッチンに向かって、ミルクたっぷりのアイスティーを作る。
 結局、俺ははるひを見限ることも見捨てることも出来ない。はるひがその男を見限ることも見捨てることも出来ないのと同じだ。きっとはるひの気持ちを一番正確に理解できるのは俺なのだ。その切なさも、苦しみも、悲しみも全て。そんなもの理解したくもないけれど。

 俺、一体、何してんだろ?




2011/7/25

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