BACK INDEX NEXT

春待月 Side 月子 ―― 気づけなかった後悔


「好きなわけじゃねぇよ」

 中学三年の春。真面目さをかわれて副委員長に選出された。委員会が終わり教室にカバンを取りに戻ると西垣央介の声がした。少しだけ開いた扉から中をのぞくと、クラスの女の子三人に取り囲まれている。入っていいものか躊躇っていると、会話はどんどん続いていった。
「じゃあ、どうしていつも一緒にいるの?」
「別にいいだろ。お前らには関係ない」
「隠すのが怪しいわ。やっぱり好きだから一緒にいるんじゃない?」
「好きじゃないって言ってんだろ。あんなやつ。……俺は頼まれて……あいつの親父に仲良くしてやってくれって言われてんだよ。頼みじゃなかったら、誰があんなブス、相手にするかよ」
――ああ。
 どうしてこんな場面に遭遇しなくちゃいけないのだろう?
 何の話かと思えば私のことだ。女の子の一人が央介のことを好きなのは知っていた。彼の傍にいる私が気になってしかたないらしく、少し前、私にもどういう関係なのか聞きにきた。あの時も答えたはずだ。「私と央介は幼馴染だ」と。それは事実だった。 ただ「普通の」とは言えない。私の家は特殊だから。勅使河原組という地元では有名なやくざなのだ。私の父親が「若頭」で、央介の父親は父の右腕・懐刀と呼ばれている組織の幹部だ。央介の母親が他界して、男手一つで育てるのは大変だろうと、一緒に暮らすようになったのは私と央介が六歳の時。以来、同じ敷地内の母屋に私が、離れの別宅に央介たちが暮らしている。そういう意味では幼馴染というよりほとんど家族みたいなものだ。
 「やくざ」稼業の娘というだけで私は学校で浮いていた。いくら真面目で普通にしていても友だちが出来にくい。「あの子とは関わっちゃダメ」と親に言われているのだろう。だから私はずっと友だちがいない。でも央介がいてくれたから寂しくはなかった。
 けれど中学に入学した頃から状況が変わり始めた。 
 「ごくせん」というテレビドラマの影響だ。やくざに対する認識は緩和した。単純だなぁと思う。実際のやくざはあんなに気のいい人ばかりではないよ? と思ったが(それは別にやくざに限ってのことじゃないけど)、せっかく偏見の眼差しが希薄になったのなら余計なことを言わない方が懸命だ。おかげで私にも話しかけてくれる子が増えたし。
 それからしばらくすると、央介はモテはじめた。
 男前だし、運動も出来るし、頭もいい。家がやくざということを除けば完璧だ。その「やくざ」というレッテルが気にならなくなったのだからモテないわけがない。何人もの女の子が告白しては振られている。それは単純に理想が高いのだと思っていた。でも、いつしか原因が「私」ということになりはじめた。家が一緒だから一緒に帰る。小学校の頃から日常だった。当たり前すぎておかしいとも思わない。でも、幼い頃ならまだしも、中学生にもなって一緒にいるのは変だと言われはじめた。そうやって私が張り付いて邪魔しているのだと噂になった。濡れ衣もいいところだ。
 央介を好きな女の子たちに目の敵にされるのはたまったものじゃない。だから、一緒に登下校するのをやめようと思った。けど、反面で今さら別々にするのもなぁという気持ちがあった。朝は始業開始にちょうどいい時間に家を出ると同じになる(同じ敷地内に住んでいるのだから当たり前)。帰りはとろくさい私の帰り支度を央介が待っていてくれる。嫌なら先に帰るだろう。私が頼んでいるわけじゃなくて、向こうが待っているのだ。央介が嫌じゃないならいいと思った。だから、何を言われても今まで通りにしていた。まさか、嫌でもやめられない事情があったなんて想像もしない。央介が私と一緒にいてくれる理由なんて考えたこともなかった。
――ずっと迷惑だったんだ。お父さんに頼まれて仕方なく一緒にいてくれたんだ……。
 気づかなかった自分の鈍さを呪いたくなった。
 翌日、私は一人で登校した。
 朝、八時十分に家をでるところを八時に出た。学校には一番乗りだった。央介は始業時間ギリギリに登校してきた。もしかしたら私を待っていたのかもしれない。言っておくべきだったかもと少し後悔する。でも「別々に行こう」と告げて「わかった」と聞くことがおそろしかった。信じてきたことが本当に幻だったのだと突き付けられるのが怖かったのだ。
 問題は帰りだ。
 私の帰り支度が終わるのを央介は後ろの扉に持たれながら待つ。それがいつものパターン。待ってくれているのを無視するのは困難だ。やはり、自分の口から断る必要があった。言わなければならないだろう。憂鬱だ。
 でも、そんな心配は杞憂だった。
 央介は待っていなかった。今朝、一人で登校したことで、私の気持ちは察したのか。たぶん、そうだ。聡い央介がわからないはずがない。言いたくないことを言わずに済んだ。感謝するべきだと思う。けど、私は悲しかった。 自分が望んだことなのに悲しくてたまらなかった。私は否定してほしかったのだ。「なんで先に行くんだよ」と怒ってほしかったし、待っていてほしかった。私が離れていくことをとめてほしかった。自分から手放しておきながら浅ましいけれど。父に頼まれたからじゃなくて、私と帰りたいと言ってほしかった。そうしてくれたら、私は央介の傍にいてもいいって思えたから。そしたら堂々と一緒にいられる。でも、央介は何も言ってはくれなかった。
 ようやくおもりを解放されて喜んでいるのかもしれない。自分からは言い出せなくても、私が拒否したとなれば面目も立つ。やはり央介は嫌々私と一緒にいてくれたのだ。これがその証明だ。私と央介の仲良しごっこは終わった。あっけない幕切れだった。




2009/10/16
2010/2/15 加筆修正

BACK INDEX NEXT

Designed by TENKIYA