[PR] この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

BACK INDEX NEXT

春待月 Side 央介 ―― 傷ついて泣けばいい


「好きになんてならない」

 その言葉に目の前が真っ暗になった。中学三年の春先だった。
 放課後。教室で月子を待っていた。今日は視聴覚室の掃除当番だ。それにしても遅い。トラブルにでも巻き込まれているのか。心配になって迎えにいった。すると中から月子の声が聞こえてきた。どうやらクラスの女子に捕まって尋問されているらしい。状況がつかめない。下手に出て行くのも事を荒立てるだけだ。とりあえず様子を伺う。
「西垣くんとはどういう関係なの?」
「どういうって……幼馴染だけど」
「幼馴染ってただの幼馴染? 付き合ってるんじゃないの? 正直に言って?」
「付き合ってなんかないよ」
「じゃあ、どうして一緒に登下校するの?」
「それは……家が一緒だし……ずっとそうしてたから……」
「変だよ。中学生にもなって、幼馴染だからって一緒にいるの」
 どうやら俺との関係を聞かれているらしい。女の一人が俺のことを好きらしいのは態度でなんとなくわかっていた。好意を持たれて悪い気はしなかったが月子を巻き込むなら話は別だ。聞きたいことがあるのなら直接俺に言いにくればいい。こういうのは迷惑だ。
 すぐにでも出て行って月子を連れ出してやりたかった。しかし、そんなことをすれば、気まずい思いをするのは月子だろう。知らないふりをすることが長い目で見ていい方に転ぶこともある。暴力を振るわれているわけでも、行き過ぎたいじめでもない。一時的なものだ。ここは立ち去った方が賢明だと判断し踵をかえした。が、
「じゃあ、西垣君のこと好きじゃないって誓える?」
「好きじゃないよ。好きになんてならない」
――好きになんてならない、だと?
 それは初めて聞く「拒絶」の言葉だった。売り言葉に買い言葉とか、その場の流れでつい言ってしまっただけとか、冷静に考えればそう解釈する方が自然だ。何も気にすることなどない。早く解放されるために言ったに過ぎない――そう自分に言い聞かせるがダメだった。
 物心ついた頃から俺は周囲から浮いていた。家業のせいで誰もが距離をとりたがる。何かあれば「やくざの息子だから仕方ない」と蔑まれる。それが悔しくて悔しくて、ああ、それなら言う通りに「やくざの息子」らしく振舞ってやろうかと幾度も思った。それを引きとめて、俺をまっとうでいさせてくれたのは月子だ。
 同じ状況で育った月子は、家のことを言われても、けして怒らなかったし悲しまなかった。いつだって堂々としていた。自分の家は「やくざ」だけど、世間ではそれが「悪」として嫌われているけど、自分はおかしなことはしていない。だから何を言われても傷つく必要などない。勝手なことを言う人間の言葉に振り回されて本当に道を踏み外してしまうことの方が愚かだ。悔しいなら、正当な方法で周囲を納得してみせる。月子はずっとそうして頑張ってきた。それが俺を力付けた。あの狭い世界で偏見の眼差しに負けない強さ。もし、月子がいなければ、俺はどうなっていたかわからない。彼女は俺にとって絶対だ。俺の人生の中心に彼女が存在する。未来永劫変わらない。これからもずっと。
 そんな思いが、年齢を重ねて「恋」になるのは自然で当然のことだった。
 人間として大事だという思いとは別に、女性として月子を切望している。だが、恋愛ごとに疎い月子にそれを求めるのは酷だろうと思った。ゆっくりでいい。時間をかけて、俺を一人の男として認識してくれるようになればいい。その自信はあったのだ。俺以上に月子を想っている人間などいない。いるはずがないから。
 だから許せなかった。
 簡単に「好きにならない」などと言ってしまうことが。月子には俺しかいないのに、俺を好きにならないで誰を好きになる? 他の男を選ぶのか? ――想像だけでも嘔吐感がとまらない。そんな可能性がわずかにあると考えただけで吐き気がした。絶対にあってはならない。月子の心はまだ幼い。それは承知しているつもりでいたが、突き付けられた現実が辛かった。
 それから数日たって、件の女が、今度は俺の元へやってきた。性懲りもなく月子との関係を聞いてくる。正直うっとおしかった。この女のせいで知りたくもない現実を突き付けられたのだ。好きな女に好きにならないと言われて平気でいられない。
 だが物は考えようだ。同時にこれはチャンスでもあった。このまま「仲の良い幼馴染」を続けていても関係は発展しないと知った。下手をすれば、どこぞの男に奪われる可能性だってあること。無意識に考えないようにしていたが、ありえることを。だから俺はここで方向を変えなければならない。手遅れにになる前に、完全に月子を手に入れてしまえる方法に出る必要があった。
「相葉さんとは幼馴染だって聞いたけど、本当?」
「ああ。そうだけど」
 今はまだ、と内心呟きながら答える。そうこうしている間に、廊下から足音が聞こえた。それは俺たちのいる教室の前でピタリととまった。入るのを躊躇っているようだ――月子が委員会から戻ってきたのだろう。
「じゃあ、どうしていつも一緒にいるの?」
「いいだろ。別に。お前らには関係ない」
「隠すのが怪しいわ。やっぱり好きだから一緒にいるんじゃない?」
 俺は気付かれないように小さく息を吐いて、それから教室の外にいる月子に聞こえるようにハッキリと言ってやった。
「好きじゃないって言ってんだろ。あんなやつ。……俺は頼まれて……あいつの親父に仲良くしてやってくれって言われてんだよ。頼みじゃなかったら、誰があんなブス、相手にするかよ」
 もう、仲良しごっこはおしまいだ。俺の言葉で傷つけばいい。嘆き悲しめ。傷ついた分、俺を意識するだろう? 悲しみの深さがそのまま俺への気持ちの強さだ。自覚しろ。お前も俺を好きだってこと。お前は俺のものなのだから。もうずっと、ずっと前から。それをわからせるためなら、俺はお前を傷つけることも厭わない。愛してるよ月子。誰にも奪わせはしない。絶対に、逃がさない。




2009/10/19
2010/2/15 加筆修正

BACK INDEX NEXT

Designed by TENKIYA