「勉強、見てやろうか?」
期末試験前の夕方、居間でテレビを見つつ参考書を広げてながら勉強をしていると央介が現れて言った。
「……いい、自分でするし」
また、父にでも頼まれたのだろうか。いぶかしく思いながら断る。
「よくないだろ? こないだ数学の問題、答えられなかったじゃないか」
「……」
痛いところをついてくる。二年で同じクラスになって(どうして九クラスもあるのに同じになるのか呪いたい)私の学力がバレてしまっているから愚の根もでない。
「でも」
迷惑でしょう? という言葉はさすがに言えなかった。
「で、どこがわかんないんだよ」
央介は教える気まんまんでノートを覗き込んできた。ちっとも嫌がっているとは思えない。いつだってこんな風だったから、うっとおしがられていることに気付けなかった。今も本心が見えない。だから、怖い。
「ってかさ、テレビとか邪魔。ここじゃ集中できないから行くぞ」
「え? ど、どこに??」
「俺の部屋。あそこなら誰も来ないし、静かで集中できるから」
「いやそれは……」
気まずすぎるし無理。と答える暇もなく、手際良く私の勉強道具を片づけて運び出す。その後を慌てて追いかける。途中、台所で夕食の支度をしている母に止められた。
「あなたたち、二人揃って珍しいわね。どうしたの?」
「期末試験の勉強してたんですけど、テレビの音とかで集中できないから、俺の部屋でしようって」
「あら。感心ね。央介くんがついててくれると助かるわ。月子、中間試験の結果がよくなかったし。お願いね?」
いやぁ〜それはどうだろう。お母さん。一応年頃の男女ですから、二人きりとかどうなのー? いつもは私に厳しくしてるじゃない? 男女交際なんてまだ早いっていつの時代だってくらい保守的なのに、どうして央介だといいのー? と心で叫ぶ。央介は兄妹みたいなものだけど。いやでもこないだ、この台所でキスされそうに……。ダメだ、そんなこと思い出したら余計に緊張する。
「もちろんです。任せてください」
朗らかな央介とは対照的に、先日のことを思い出して心なしか頬が上気してしまう。
「あの、私やっぱりじぶ、」「時間がもったいないから行くぞ」
私の言葉を遮って、問答無用とばかりに半ば引きずられながら離れにある央介の部屋に連れて行かれることになった。
***
月子が緊張しているのがわかる。意識されている。ぎこちなさが可愛い。
「どうした? なんか変だぞ」
わざとそう言うと、「そんなことないよ」とどう考えても思いっきり動揺している声で頼りなく返してくる。ダメだ。これは可愛すぎる。
「じゃ、さっそくするか?」
「うん……」
参考書を広げて集中しはじめる。懸命に問題を解く横顔。白い肌。ふっくらとした赤い唇。細い首筋。けして太っているわけではないが、丸みのある体は女性らしく抱き心地がよさそうだ。いくら見ていても見飽きることなどない。このまま時が止まってしまえばいいのにと思う。
「……ねぇ」
「あ?」
頬が赤くなっている。月子はうつむいたまま恥ずかしそうだ。
「なんだよ?」
「なんかものすごく視線を感じるんだけど?」
ノートを見たまま早口に問いかけてきた。
「そりゃまぁ、観てるから」
「なんで?」
「なんでって……」そりゃお前が可愛いからに決まってるだろう、なんてことを言ったらどうなるだろう? 本音を言いそうになって寸でのところでとどめる。「ちゃんと解けてるか観てなきゃ教えられないからだろーが」
「…そう、だよね」
明らかに手元じゃなくて月子を観ていたが、そう言われたら納得するしかないだろう。月子はあっさり引き下がった。だが、相変わらず頬は赤い。触れると、小さな悲鳴をあげた。
「……! な、なに?」
「いや、なんか異様に赤いなぁと思ってさ。暑いか?」
ずっと下を向いていたがようやく俺を見た。その瞳は潤んでいて……。やばい。その顔はやばい。
「飲み物とってくるわ」
「あ、じゃあ私が……」
「いいから、お前は問題解いてろ」
逃げるようにして部屋を出た。情けない。俺は一体何をしてるんだ。いや、でも、こうするより他にどうしようもなかった。あんな目で見られて平静でいられるわけない。押し倒さなかっただけでも十分自分を誉めてやりたい。さすがになぁ、ここで無理やりってわけにもいかないからな。
それにしてもどうすんだよ。二人きりになることを望んでいたけども、変な気を起さずにいる自信が正直ない。まさか自分がここまで切羽詰まっていたとは思わなかったのだ。
「……とりあえず、トイレいくか」
ため息が報われる日が早く来てほしいとひたすら願いながら、その場を後にした。
2009/12/14
< ♪ >