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「どういうことか説明してもらえる?」
どういうことか。何から話せばいいのか。私は意識を内に入れた。
彼、永原晶規は私とは別世界の人種だった。整った顔立ちは女の子のように可愛らしい。そのくせちゃんと男だと主張する凛々しさもある。何度か雑誌にも載った。町中のお洒落男子を取り上げるコーナーの常連さん。モデルにならないか、と幾度か話もあったそうだが、当人にその気はないらしい。
縁遠い人だと思いながら、気づくと私は彼を目で追っていた。それに彼も気づいているのだろう。よく目が合う。黙ってみている気味の悪い女と思われているかもしれない。それでも彼を見ることをやめられなかった。
彼には特定の彼女はいない。だが寝る相手なら複数いた。後腐れなくその場その場を楽しむ。それがスタンス。納得した者だけが彼とベットを共にするのでトラブルは少ない。ちなみに、外見の選考基準はないらしい。来るもの拒まず、去る者追わず。ただ、彼に言いよる度胸がある女はみんな平均以上だったけど。
その話を知って、私は……。
「あんたも俺に抱かれたいの?」
さらりと言った。慣れているのだろうな。私は一世一代の勇気を振り絞っているのに。
「ふーん。……じゃあ、来て?」
親、いないから。と、連れてこられたのは彼の自宅だった。親は海外赴任中で、実質一人暮らし。部屋は整然としていて、あまり生活感がない。彼と一緒。
「何か飲む?」
「いい……」
「そう? じゃあ、さっそくする?」
後ろから抱き締められた。耳元に彼の唇があたり、吐息が聞こえる。体の温度があがっていく。心臓が壊れそうだった。
自室に連れていかれ、慣れた手つきで制服を脱がされる。唇、頬、首筋、鎖骨。彼の温かい唇と舌先が降ってくる。少し乱暴な動作。愛されて抱かれているわけじゃない。互いに快楽を貪るだけの関係。だから、やりたいようにする。そんな感じ。――怖い。けれど、それを悟られてはいけない。慣れているふりをしなければならなかった。
そう、だって彼は「初めて」の女は抱かない主義だったから。
外見的な基準はないけど、処女はダメ。それがルール。理由は面倒だから。有名な話だ。でも私は誰とも寝たことがない。基準点に満たしていない。バレると、拒否される。だから黙ってここまできた。でも、きっと途中で気づかれる。バレてほしくないような、もうバレてしまってやめてほしいような、よくわからない気持ち。わかったとき、彼はどうするだろうか。怒る? 呆れる? 軽蔑される? 冷たく帰れと言われるかもしれない。彼の荒い息遣いを傍で聞きなが予想する。だけど
、
「あっ――っ」
痛烈な痛みが体を貫いた。
「咲穂」
名を呼ばれた。それ以外、何も言われない。流血したからわかったはずだ。けれど、彼は行為をやめようとしなかった。男の性なのか。始めてしまえばやめることなんて出来ないのかもしれない。逆手にとって、騙し討ち。
続けて、もう一度抱かれた。
最初の時とはうって変わって、壊れものを取り扱うように丁寧に。何度も私の名前を呼んでキスをくれた。ひどく優しくて。彼なりの気遣いだったのかもしれない。
それから、どれくらいの時間が経過したのか。眠ってしまっていたらしい。気づいて体を起こそうとするがダルい。体を重ねた後というのはこんなにもダルいものなのか。普段使うことのない筋肉を使ったせいもあるし、恥ずかしい格好をしたことへの心の消耗のせいもあるだろう。とにかく重たい。それでも起き上がって散乱した衣服を集めて身につけていく。
彼はまだ眠っていた。
結局私が初めてだったことに触れてくることはなかった。一言も責められなかったし、怒られなかったことにほっとした。
無防備な寝顔は可愛いくて、二度と見ることないはだろうと思うと、キスしたい衝動に襲われたがさすがに気がひけたのでやめた。
彼の家を出ると、すっかり夜だった。風が冷たい。むなしかった。やっぱり心が伴わなければ意味がないんだなぁと思った。もう、後の祭りだったけれど。ただ、後悔はなかった。
翌日、登校すると、いつもは遅刻ギリギリの彼が教室にいて、私を見つけると目でついてくるように促した。誰もいない視聴覚室に連れてこられて、今に至る。
「どういうことって……」
初めてだったことを言っているのだろう。昨日何も言わなかったのに……情事中に言及するのは不粋だから言わなかっただけ? 今になって怒られるのもそれはそれで嫌だなぁ、と思う。でも騙したのは私だから仕方ない。彼のポリシーに反したことをさせてしまったのだ。憤りを受ける義務はある。
「どうして黙って帰った?」
「……」
「まったく油断してた。何も言わず帰るなんて思ってなかったから。目覚めて一人だった時、目の前が真っ暗になった」
何と言えばいいのか。ああいう場合、起こすものなのか。私がとった行動は失礼なものだったのか。わからなかったので答えようがない。でも、怒っているということはきっといけなかったのだ。
「あんた、初めてだっただろ? 気づいたとき俺がどんな気持ちだったと思う?」
面倒くさい? 騙された? そんなところだろうか。
「ごめんなさい」
「なんで謝るの?」
「だって、怒ってるでしょ?」
「なんで怒るとかいう発想になるかわかんないんだけど」
私も、あなたの言っていることがわかりません。さっきから、あまりよくわからない。でもそんなこと言える雰囲気ではない。彼はあまりに不機嫌だったから。というか拗ねているようにも見える。どんな顔をしていても美しいが。場違いな感想だ。
「俺はセックスしてもキスはしない主義なんだ。どんなにせがまれても唇にキスはしないの。これって有名な話だけど、知らない?」
「知らない……」
「でも、あんたには最中に何度もしたじゃん」
確かに、やたらとキスされて、唇が少し腫れぼったくなった。情事というのはそんなものなのだと思っていた。
「それと、家に女を連れて帰ったのも初めて。いつもは相手の家かラブホ使うから」
それも初めて聞いた。
「この意味わかるよね?」
答えられなかった。信じられない、と言った方がいい。
「わからないの?」
彼はイライラしたまま、顔を寄せてきた。凶悪な笑みを浮かべて。私は動けずにその目を見つめた。
「何度も目が合ってたの偶然だと思ってた?」
……いや、私が見つめているからだと思ってた。
「あんたの視界に入るようにしてたんだ」
うん、あなたの姿ばかり目についた。私があなたを好きだから意識してるんだとばかり。
「あんた、最初全然気づきもしなかったし。よっぽど鈍いんだなって思ってた。だから誘われた時、正直驚いた。真面目そうな顔して実は遊んでるのかと疑った。結構ショックだったけど、セックスは好きだから、拒む理由はないし。それならそれで楽しもうって思った。でも、初めてなんだって気づいて一転した。天にも昇る心地ってこういうことかと思ったよ」
耳元で囁かれているせいか、内容のせいか、ぞくぞくした。たぶん、その、両方だろう。
「聞いて? 俺、性欲は弱い方じゃない。んで、相手にも困らない。でも、あんたがやらせてくれるなら他ではしない。約束する。それでどう?」
「ど、どうって……」
「だから、心と体は別でも、浮気されたくないでしょ? だったら、あんたが毎日ちゃんと相手してってこと。わかった?」
「毎日……」
「嫌そうな顔しないでよ。大丈夫だよ。ちゃんと気持ちよくしてあげるから。ね?」
私に、うんとうなずく以外の答えなどあるはずもなくて。
「じゃあ、今日からちゃんと通ってきて」
そして、彼はキスを一つくれた。
2010/1/25
2010/2/21 加筆修正
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