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春待月 Side 月子 ―― 考えてこなかったこと   


「なるほどね……月子に『好きにならない』と言われて、あんな行動につながるわけか」
 央介と言い争いになった後、そのまま家に帰りづらくて琴の家にきていた。突然の訪問にも関わらず快く迎え入れてくれたことが嬉しい。そして、出来ごとの顛末を洗いざらい聞いてもらったのだ。
 琴は何か考え込んでいるようだった。私は一挙にぶちまけたせいで喉がカラカラだった。出されたオレンジジュースに口をつける。甘い酸味が広がると今度は涙が溢れてきた。テッシュでは足りないとタオルを渡してくれる。私はそれで遠慮なく顔を撫でまわした。
「ねぇ、月子。あなたは今、西垣が故意に自分に暴言を聞かせたことを嘆いているけど、月子に『好きにならない』と言われて怒った西垣の気持ちを考えてみたら別のことが見えてくると思うよ?」
「央介が怒った気持ち?」
 私が尋ね返すと、再び思案顔になって黙る。そして、 
「今から話すことは、本当は私の口から言うべきことじゃないと思うんだけど、私は西垣の友人でもあるから言うわ。聞いてくれる?」
 私はうなずいた。央介は琴を苦手にしてるみたいだったけど、琴にとって央介は友人という認識なのが不思議な気がした。
「西垣はね、あなたのことが好きだったのよ。友人や家族としてじゃなくて、一人の女性としてあなたに恋してた。厳密には現在進行形で恋してる」
「え?」
「考えたことなかった?」
「……でも、央介には彼女が」
「いないよ。一時それっぽい人がいたのは事実だけど、正式に付き合ってたわけじゃない。それに少なくとも今はいない。あいつが好きなのは月子一人だよ」
「……信じられない」
 琴は困ったような苦い笑みを浮かべた。
「じゃあさ、西垣が、右肩抑えながら首を回す癖があったの覚えてる?」
――覚えている。中学の頃よくしていた。最近ではみなくなったけど。
「あれはね、左ばかり見るから。酷使した方の筋肉がつって凝るんだよ。なんで左ばかり見るかわかる?」
 私は首を振った。
「月子が左側を歩いていたからだよ。あの頃、二人で登下校してたでしょ? その時、月子は西垣の左側をいつも歩いてた」
 そうだ。小学校の頃からずっと、私は央介の左側を歩く。別に決めてたわけじゃないけど、ずっとそうだったから習慣になっていた。
「月子は前を向いて歩いてたけど、西垣は月子の方を見ながら歩いてた。気づいてなかったでしょ? ああいうのって無意識に気持ちがでちゃうんだよね。西垣は月子のことしか見てなかったよ。ずっとね。慢性的な肩こりになるほど」
 そんなこと考えたことなかった。肩こり症なだけだと思ってた。時々湿布を貼っていて独特な匂いがした。「大丈夫か? 匂い、嫌じゃないか?」と気にしていたので「そんなことないよ」と答えた。
「西垣は月子のこと本気で大事にしてた。それは私が保証する。月子は、西垣が言った暴言をそのまま受けとめて、親切だったのは頼まれたからだって思ってるみたいだけど、親切にするって頼まれて出来るものじゃない。そこに好意がないとできない。まして、何年もでしょ? それはすごく難しいことだよ。仮に、本当に頼まれていたとしても、それは一つのきっかけにすぎない。気持ちがなければ続かない。でも西垣はずっと優しかったでしょ? その一件より前に、西垣に傷つけられたことある?」
「それは……」
 ない、だから余計ショックだったんだ。我慢してたのだと思った。優しくしてくれてたのも全部ウソだったんだって。
「そんな西垣に対して『好きにならない』なんて簡単に言っちゃいけなかったんだよ。たとえ、西垣いないところでもね。それは西垣にとって地雷だから。月子が考える以上に、西垣にとって月子に好かれないことは脅威だったんだよ。もちろん、西垣の気持ちを知らなかった月子にしたら、そんなこと言われても困るって思うかもしれないけどね」
 私に「好かれない」ということが脅威? なんだか実感がまるでわかない。
「あたしね、月子から西垣の暴言の話聞いた時、おかしいなって思ったの。それで西垣と話をしたんだ。そしたら西垣は言った。『いつまでも幼馴染でいても好きになってもらえないから。自分を意識してくれるように仕向けるんだ。だから、俺たちのことには絶対口を出すな』って。そのやり方は月子を傷つけるだけだと思ったけど、とめられなかった。その時の西垣があまりにも思いつめていたから」
 そう告げた琴の眼差しは真剣で、嘘を言っているようには思えない。
「あいつがしたことは酷いことだと思う。でもね、ただ一度の過ちにこだわって、本当に大事なことが見えなくなるのは怖いことだよ。人ってそんなに強くないから魔が差すこともある。でもそれだけが真実だと思うのは間違いだ。言葉は強いものだから、言われればそれが本当のように感じてしまうのもわかるけど、西垣が月子を大事にしていたことも真実だよ」
 私はなんて返したらいいかわからなくて、ただ黙って聞いていた。
「西垣のことを許してやれとは言わない。選択をするのは月子自身だし。でもね、あの事件以前のことを全部が嘘だとは思わないであげてほしい」
 選択するのは私――それはとても強い言葉だった。
「それにさ、月子は西垣の好意を当たり前に感じすぎていた部分があると思うよ。自分から歩み寄っていくことをしてなかった。あの暴言の後も嫌なことを言われて哀しくて、西垣のことを避けた。ぶつかることもせずに逃げた。それが悪いことだとは思わないけど。気持ちは分かるし。でも、西垣がそれ以前にしてくれてたことを考えれば、月子のとった行動は冷たいとも言えるじゃない?」
 冷たい。言われた瞬間、ズンとした重たさが胸をとらえた。厳しい一言だ。けれど、琴の言葉なら聞かなくちゃと思った。彼女はけして一方的なことはしない。偏りなく、公平だ。家業のことを知っても、私自身を見て、友だちになってくれた。その彼女の言葉なら、きっと、私にとって必要なことだと思った。
「まぁもっとも、女の子にブスなんていうのは言いすぎよね。あいつが悪い」
 そういってちゃめっけたっぷりに笑った。




2010/2/6
2010/2/16 加筆修正

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