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春待月 Side 月子 ―― 鉢合わせ   


「三ピースのロックバンドでしょ?」
「へぇ、知ってんじゃん。結構いい趣味してるのな」
 水瀬はご満悦だった。私たちは今、某大型レコード店に来ている。先ほどまでカラオケにつき合わされていたのだが、本日発売の新譜が店に届いたとショップから連絡を受けたのだ。予約で購入した場合のみ特典でポスターと、数枚のCDに直筆のサインが書かれたものが混ざっていて運がよければ当たるらしい。連絡が入るや否や、カラオケの途中だったにも関わらず切り上げてこちらにやってきた。待つということを知らないのか。呆れるほど好き勝手な男だなと思ったが、抵抗するのも面倒で――実際カラオケも私はもっぱら聴き役で、水瀬の一人舞台だったし――こうしてついてきたわけだが……。
 何の新譜? と尋ねると、多分知らないと思うけどと前置きした上で「アジャッシュ」というバンドだと教えてくれた。有名なバンドではない。メジャーデビューではなくてインディーズデビューのロックバンドだ。央介も好きだった。組の若い子と二人ではしゃいでいたのを覚えている。知っていると告げると趣味がいいと誉められた。どこまでも自分基準の男だ。
「ロック好きなわけ?」
「どっちかっていうと弾き語りの方が好き。落ち着くから」
「ふーん」
 弾き語りには興味はないらしい。あからさまに声のトーンがかわる。
 店内は縦長の作りになっていて、一番奥にレジがある。CDを受け取るために私たちはレジへむかった。夕方で、わりと混雑している。レジにも人が並んでいる。私たちの前には大学生風の男女の二人組みが。その前でお会計をしている学生は私と同じ学校の制服を着ていた――え? 
 心臓が止まるかと思った。「ありがとうございました」という店員の声と同時にこちらを振り向いた男は央介だったから。こんな偶然あるのか。世の中に偶然はなく必然だというが、だとしたらこれは何の必然だというのか。
 央介も私たちの存在に気づいたはずだ。けれど、そのまま何も言わずに通り過ぎた。ズキン、と大きな音がした。
――無視、された?
 それから、私たちはファーストフード店に入った。水瀬は購入したCDを開封した。見事にサイン入りで「やっぱり俺って神様に愛されてるな」と言っていた。「すごいね」みたいなことを返したと思う。いったいどれほどの確率で引き当てたことになるのだろう。あ、そういえば、央介も、水瀬と同じCDを買いにきていたのかもしれない。そう思ったら、途端泣きたい気持ちになった。央介に無視されたんだ。さっきの光景に連れ戻されて泣きたくなる。
「なんか上の空じゃね? さっきの男となんか関係あんの? ってかそれ以外考えられんが」
 水瀬が何か言っていた。
「好きなんだろう?」
 わからない。もう好きじゃないかも。だって無視されたもの。ついさっき。
「何黙ってんの? 別に隠さなくていいぜ? あいつのこと好きなんだろ」
 そうかな……まだ好きでいてくれて……って、え?
「好きって、私が?」
「は? 私がって何? 話が見えねぇ」
 いや、私が好きなんじゃなくて、あっちが私を好きで……どうして私が央介を好きだなんて、
「おーい月子ー。相葉月子ー」
 バシッと頬を両手で包まれた。
「なんか面白いことになってるみたいだな。よし、聞いてやるから話してみろ」
 ニヤリと笑う水瀬。こんな男に話してもからかわれるだけだと思いながら、私は自分ひとりではもう抱えきれなくてモヤモヤした感情を目の前にいる男に聞いてもらうことにした。
 話し終えると、水瀬は珍しく真剣な顔をしていた。てっきり揶揄られるかと思ったので意外だった。少しだけ見直した。
「つまりあれだな。その男がお前をまだ好きかどうかが気になって仕方がない。さっき俺と一緒にいるところを見られたから余計に気になる。普通、別の男と付き合ってる女をいつまでも好きでいる男はいないからな。あいつがどう思った気になって気になって仕方がない」
「……」 
「それは、どう考えても、お前はその男を好きだろ」
「……そう、なのかな」
「無自覚かよ。どう考えてもお前の態度はあいつを好きだっていってるだろーが。そもそも、そんなに怒ったり傷ついたり感情的になるってことは相手を意識しているからだ。なんともない相手には何も感じない。感情は動かない」
「そういうもの?」
「らしいぜ……って昔付き合ってた女が俺に言った。俺は誰にも感情的にならないから誰のことも好きじゃないんだって言。そうかもって言ったら、引っぱたかれた。そんで別れた」
「なんかすごい話だね」
 そんな修羅場をひょうひょうと話すなんて、やはりこの男はちょっと変わっている。
「それで、お前はどうしたいんだよ」
「どうって……」
「その男とどうなりたいのかってことだよ」
――っ。どうなりたい……。
「お前がその男を好きなのは明らかだ。ただし、その好きがどの程度なのかはお前にしかわからん。単純に自分を好きだという相手がいなくなることを悲しんでいるだけなのか、或いは積極的に傍に居てもらいたいのか。いずれにせよ、ここまでこじれたのならその男とは『お友だち』にはなれないだろうな。その男に傍にいてもらいたいなら付き合うしかないし、付き合うまで好きじゃないのなら残念ながらさようならするしかない。自分で考えて、決めて、告げに行け。じゃないとお前は一生後悔するだろうから」
 この男からはじめてまともなことが聞けた気がする。私は感動していた、けれど、
「決断は早いほうがいいぞ。特に付き合いたいならな。なんたってその男、俺のこと見ちゃったわけだし? 自分じゃ勝てないって身を引く可能性が多大にしてあるからな」
 前言撤回だ。やはり水瀬はどこまでいっても水瀬瑛史でしかない。
「あとさ、その男と仮に付き合うことになった場合だけど、俺はお前とは別れないから、二股になるってこと覚えといて?」
「はい?」
「でも、どうしてもっていうなら別れてやってもいいぜ? その男が俺の前で土下座するなら考えてやる」
――この男。
「まぁ、そういうわけだから。お前は振られても俺がいるんだし、慰めてやるから心置きなく振られてこい。じゃ、俺は帰るから。青春は謳歌しろよ」
 そういって水瀬は私の肩を軽く叩くと帰っていった。それは水瀬なりの応援だったにちがいない。ここ何日か一緒にいて、水瀬が噂されているほどの悪人ではないとわかっている。ただ理解できないことは山ほどあるけど。
 残された私は、どうするべきか、もう一度考えてみる。――でも、本当は心なんてとっくに決まっていた。




2010/2/9
2010/2/16 加筆修正

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