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春待月 Side 月子 ―― 遠い人だと知って  


 高校が同じになるとは思わなかった。
 家業のことを誰も知らないところ――そう思って家から遠かったが選んだ高校。私以外で受けたのは二人。そのうちの一人がよりにもよって央介だなんて。もっとも離れたい相手と一緒とは笑うしかない。
 そもそもなんだってこんなことになったのか。かなり謎だ。央介と私とでは頭の出来が違う。トップ三から落ちたことがない央介と、どうにか十五位内にくいこむ私とでは実力が違いすぎる。けれど「頭のいい奴ばっかのところで必死になるより、そこそこのところで余裕でいる方が楽だから」と失礼極まりない台詞と共に私と同じ高校を受けたのだ。考えられない。私ならたとえ成績が最下位でもいい学校に入学したい。頭のいい奴の余裕なのか。
 そんなわけで私と央介の腐れ縁は高校に入学してからも続いた。昔のように登下校を一緒にしているわけではないし、何よりクラスが離れたから顔を合わせることは少なかったけど。それが唯一の救いだ。私が一組で央介が九組と最も離れた。高校の校舎は独特な形をしている。片仮名のコの字型で、コの上部分に一組から四組、下部分に五組から九組が入る。校舎の棟が違うから廊下ですれ違うことはほとんどない。ただ、噂は嫌でも耳に入ってきた。入学してすぐの中間考査で央介は一番をとり、体育祭で活躍し、夏が始まる前には学年で最も有名な人となっていた。
「西垣くんてモテるのに彼女作らないよねぇ」
「なんでも年上のすんごい美人と付き合っているって噂よ?」
「キャー。ああ、でもわかる。彼には大人の女がお似合いよね」
 クラスメイトたちが言っているのを聞いた。それは、噂ではなくて本当だ。何度か央介が派手な車に乗り込んでいくのを学校帰りに目撃している。運転席には勝気そうな美人がいた。こういう人が央介の好みなのか。美男美女。お似合いだ。祝福するべきなのだろう。でも、なんだかもやもやした気持ちが広がった。央介を遠くに感じて寂しいのだと思った。
「西垣モテまくってるわねぇ。まぁ、あいつがモテてたの中学の時からだけど」
 もう一人、同じ中学出身の新藤琴が言った。琴は中学で出会った。小学校では私に話しかけてくれる子なんていなかった。中学でもそうだろうと諦めていたが、琴だけは私の家のことに関係なく仲良くしてくれた。ただ一人の親友だ。高校でもクラスが一緒だとわかったときは嬉しかった。
「あんな粘着質の男のどこがいいのかしら?」
 琴と央介は仲が悪い。理由はよくわからないけど、央介の方が琴に対して苦手意識をもっているらしかった。誰に対しても卒のない央介が珍しい。
「粘着質って?」
「月子は気にしなくていいのよ。ねぇ、それよりさ、今日帰りケーキ食べて帰らない? 美味しいお店見つけたんだ」
「うん……」
 琴のせっかくの誘いだったけれど乗り気がしない。
「何よ? どうしたの?」
「いや、遠くの人になったなぁって思ってさ。おう……西垣くんと私ってこんなにも世界が違ってたんだなって。私がもっと早くに彼を解放してあげてればよかったなぁって思うのよ」
 あの日の出来事を、琴にだけは話した。だからついつまらない本音をもらしてしまう。もう一年以上の時が経過したのに私は完全に立ち直ってはいなかった。仲良しだと思って過ごしてきた月日が砂上の楼閣だったなんて信じたくない。大切な想い出だったから簡単に納得することが出来なかった。
「それはどうかしら?」
「どうかしらって?」
「月子の鈍さって並大抵じゃないし、まぁ同情しなくもないかな。うん、でもあいつのやり口は好きじゃないからやっぱり教えない」
「なんなの?」
「そのうち嫌でもわかるから。ね、それより今日の放課後行こうね」
 琴は時々わからないことを言う。そして、悪戯っ子みたいに笑うのだ。こんな時の琴はそれ以上けして教えてくれない。ただ、いつだって、真相がわかったとき、私のことを考えて黙っていたことがわかる。今回もきっとそうだろう。だからもう追及するのはやめた。




2009/10/26
2010/2/15 加筆修正

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