BACK INDEX NEXT

春待月 Side 月子 ―― 嫌な男   


 女のいう「可愛い子」というのは当てにならない。コンパには自分より可愛い子は連れていかない。ライバルになるようなタイプは省かれる。それがセオリー。
 妙だと思った。普段挨拶を交わす程度の私を誘うなんて。私ならライバルにならないと踏んだのだろう。人畜無害そう。良くも悪くもそう思われている。でも、誘われて嬉しかったし、コンパがどんなものか興味があったので行くことにした。たぶん、それがそもそもの間違いだったのだ。
 金曜日の学校帰り、駅前で待っていると、約束より十分遅れて男の子たちが到着した。
 今風な、と形容すればいいのか。お洒落な、いわゆる、モテそうな、つまり遊んでいるっぽい男子学生。濃い緑色のブレザーは「聖上高校」のものだ。坊ちゃん学校の生徒にしては意外。きっと学校でも特異なグループなのだろう。
 合流して早々、カラオケに行くことになった。着くと、自己紹介をして歌いはじめる。 ノリが悪いと思われないように、空気が読めない奴と言われないように、つとめて笑顔を振りまいたが、ひきつりまくっているに違いない。無理だ。三十分で音をあげた。
 そもそも、人数が足りないからと参加したのだ。でも私たちが四人なのに対し相手は三人。私、あぶれちゃってますから〜と叫びたくなった。なんだろうか。荒手のいじめだろうか。そんなつまらない妄想をしてみる。実際は、トラブルで相手の一人が来られなくなっただけなのだろう。
「ねぇ、人数足りてるみたいだし、私、お手洗い行くふりしてそのまま帰るね」
 近くに座っている水本さんというショートカットの女の子に耳打ちする。
「ごめんねー。なんか申し訳ない」
「全然。楽しんでね。じゃ、また学校で」
 こっそりと席を立ち出入口のノブに手を伸ばすそうとするが、その前に扉が開き緑のブレザーが目に飛び込んできた。男が入ってきたのだ。 随分と背が高い。見上げると精悍な顔があった。大人びて見える。制服を着ていなければ高校生とは思わなかった。色は白めだが貧弱というよりも艶っぽく、ひ弱な感じはしない。フェロモンというか色気がある。見た瞬間ぞくっときた。
「水瀬! おせーよ」
 一人の男の子が声をかけた。
 水瀬? ああ、知ってる。名前は聞いたことがある。うちの学校で可愛いと評判の女子と付き合っていた。すぐ別れたらしく、その原因が水瀬の浮気。それもその女の子の親友と出来てしまって…ってどこぞの学園ドラマかっ! と呆れたのを覚えている。その後も浮き名はチラホラ。どんな男かと思えば……なるほど、モテそうだ。
「わりぃ、ちょっと野暮用」
 水瀬は私のことなど気にとめることなく、スルリとすりぬけて席に着いた。仕切り直しに乾杯することになったので帰るに帰れず、ひとまず私も席に着く。水瀬の隣だ。そこしか空いていないのだから仕方ない。それから水瀬のためにもう一度自己紹介をすることになった。
「こちら、水本由紀ちゃん」
「よろしくぅー待ってたんだよ」
「あ、どうも」
 水本さんは水瀬狙いなのか。わかりやすい。
「で、こっちが田中知美ちゃん」
「ホントだよ、すごく待ってたんだからね。よろしくね」
「よろしく」
 負けじと言う田中さんも水瀬。
「そんで、伊東沙織ちゃん」
「久しぶりだね、覚えてる?」
「ああ、前のコンパで」
「そう、今日の主催者でーす」
 って伊東さんも。なかなか圧巻の光景だ。
「で、最後、相葉月子ちゃんです」
 松本という男の子が紹介してくれた。名前を覚えていてくれて良かった。ほとんど話してなかったし、てっきり詰まるかと思っていたのでちょっと嬉しい。
「どうも、相葉です」
「相葉?」
 驚いたような声をあげ、全く興味を示さなかった私に視線をよこす。
「相葉って……お前があの相葉月子か?」
 「あの」って何だ「あの」って。意味ありげな台詞を口にしたかと思えば、私を品定めするようにじっくりと観て告げた。
「地味な女だな」
「……!」
 腹が立つというより驚いた。初対面の人間に面と向かって地味な女と言われたのは初めてだ。いや、それよりも、
「私のこと知ってるんですか?」
「ああ。俺の親父、対策部なんだよな」
 対策部――警察庁暴力団対策部のことだろう。つまり、やくざの取り締まり専門の部署だ。まさかこんなところで関係者と会うなんて(といっても敵対する間柄だけど)。彼の父親が、うちの組の人間関係を把握するために調べていると息子と同じ年の娘がいて話した、とかなのだろうな。守秘義務とかないのだろうか。それにしてもこの素行のよろしくなさそうな男が刑事の息子だなんて世の中うまくいかない。
「あなたが息子だなんてさぞやお父様は嘆き悲しんでるんじゃない?」
 思わず本音が出てしまう。
「失礼な女だな」
 あなたにだけは言われたくないわ。と言いかけたのを遮ったのは、私をコンパに誘ってくれた伊東さんだ。
「何? 二人は知り合いなの?」
「いいえ、全く。赤の他人です」
 ここで真実を知られるわけにはいかない。学校では家のことは秘密にしてあるのだ。私は慌てて首を振った。
「お前、今の会話の流れからして、無理あんだろ?」
 ちょっかいを入れる水瀬を無視して伊東さんに訴える。
「いや、本当に知らないのよ。親同士がちょっとした知り合いなだけで……」
「ちょっとしたねぇ」
 水瀬が意味深に笑う。嫌な男だ。 冗談じゃない、こうなったら早く帰るしかない。絶対ろくな目に遭わない。やっぱり慣れないコンパになど来るんじゃなかった。タイミングを見て去ろう。
 それからカラオケ大会が再開した。曲がかかると各々がタンバリンやマラカス片手にワーッと騒ぎ出す。そのどさくさに紛れて出口へ向かおうと計画する。しかし、席を立った瞬間、ガシっと腕を掴まれた――水瀬だ。
「お前、さっきも帰りかけてただろう。俺がせっかく来たっていうのにホント失礼な奴だな」
 振り向くと楽しそうな顔。そりゃ、楽しいでしょう。
「お前が帰ったら俺一人あぶれるじゃん」
「あなたがいない間、あたしは一人であぶれてたからおあいこでしょ」
 水瀬はあぶれないだろう。残る女子のうち誰かが水瀬の元へくるはずだ。あぶれてしまうのはその子の相手をしていた男子。それはちょっと可哀想な気もするが、男前の友だちを持ったことを恨んでもらおう。
「つれないねぇ」
 当たり前だ。この男は百害あって一利なし。関わらない方が賢明。間違いなく。私は掴まれた腕を振り払って部屋を出た。
 これが水瀬瑛史との出会いだった。




2009/11/5
2010/2/15 加筆修正

BACK INDEX NEXT

Designed by TENKIYA