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3 予想にない反応  


 これから二週間、俺の恋人となる女。名前はカヤ・ウィンター。そこそこ裕福な商人の娘だったが三年前に両親が相次いで病死。三歳下の妹を無事に嫁がせた後、店をたたみ、町外れの小さな家に引っ越し、得意の裁縫でオートクチュールのドレスを作り生計を立てている。カヤの仕立てるドレスは評判がよく、三ヶ月先まで予約が詰まっているらしい。当の本人はあんなにダサいのに……。
「わからないものだ」
 取り寄せた資料を読んで呟きが漏れた。
「何がわからないんですか?」
 それがマスターの耳に入ったらしい。まさか聞かれているとは思わなかった。
「いや、世の中、何が起きるかわからないなぁと思って」
「ええ。本当に。まさか、ロキさんが……」
 この身なりのことを言っているのだとすぐにわかった。
「苦労したんだ。なかなかイメージ出来なくて。いかんせん俺は美しいものが好きだからな」
「でしょうね。しかしどうしてまた……何かのゲームですか?」
「ゲーム……まぁそんなようなものだ。ぎゃふんと言わせたい人間がいる」
「そのために? それはそれはまた……」
 感嘆の声をもらすマスターを見て報われた気分になる。本当に大変だったんだ。だが、まだ準備を整えただけに過ぎない。これからが醍醐味だ。頑張った分、たっぷりと楽しませてもらわなければ。きつけにカクテルを三杯飲んで店を後にする。そして、昨夜の約束通りカヤの家へ向かった。

「こんばんは」
 ドアをノックする。しばらくしてゆっくりと開いた。
 カヤは最初いぶかしげな眼差しを俺に送ってきたが、
「昨夜の約束を果たしに、お迎えにあがりましたよ」
 と告げると今度はたいそう素っ頓狂な声を出して、
「驚いた。姿を自在に変えられるなんて……あなた人間ではなかったの?」
――っ。
 意外な言葉だった。驚いたのはこっちだ。そう。俺は今、姿を変えている。元々悪魔には肉体はない。人間のように体を介さなくとも魂だけで存在していられるからだ。だがそれでは人間と取引をする際に不便だから各々が好き勝手な容姿を作る。方法は簡単だ。イメージすればいいだけ。俺は自分の美意識の元、最良の姿を思い描く。それが昨日の姿だ。考えうるべき最高の造詣だと自負している。しかし、今回、初めて別の姿に化けた。いつもの容姿とは違う。全くの別人。背は低く顔の造りも地味で「美しい」とはかけ離れたみっともない容姿。そんな姿を想像することは俺にとって大変困難だった。何度も練習しようやく形に出来たのだ。こんなに努力をしたことはない。それもこれもある目的のためだ。
 それを見抜くなど予想できるか? 
 てっきり「昨日の男ではない」と叫んで怒ると思っていた。そしたら俺は「昨日の男は急用が出来てこれなくなって、代役を頼まれた」と嘘をついて舞踏会に連れ出す予定だったのだ。
「昨日の男と俺が同一人物だとわかるのか?」
 改めて聞き返すと、
「私、耳はいいの。容姿は変えられても声は変わらない。だからわかるわ。それで、あなたは何者なの?」
「悪魔だ」
 答えてやると、
「……そう。私は悪魔と契約したの。代償に、命をとられるのかしら?」
 カヤは難しい顔をした。だが、
「まさか。悪魔の契約をしたわけじゃない」
 心底ほっとしたらしく、笑顔を浮かべた。
「よかった。じゃあ、行きましょう」
「は?」
「舞踏会へ行くために迎えに来てくれたのでしょう? 違うの?」
「そ、そうだ」
 俺は慌てて答えた。まさか、こんなにスムースに話が進むとは思っていなかったから。絶対に駄々をこねられると思った。今の俺と一緒に舞踏会に行けばどうなるか。少し考えればわかるはずだ。だから、断られるだろうと。そこを人間社会の「正論」を持ち出して、「人は外見より中身だ」と愚の根も出ないように丸め込むつもりだったのに……。なんなんだこの女。やっぱりおかしい。だが、好都合だ。素直に行ってくれるならありがたい。俺はカヤをエスコートして舞踏会に向かった。
 本日はホワード家での舞踏会だ。さほど大きなものではないが、昨夜のポートガス家よりは来客数は多い。会場につき、腕を組みながらホールへ向かう。途中で何人かの男女とすれ違ったが、みな俺を見ていた。あからさまな不躾さはないが、心の声が聞こえてきそうだ。会場内に入ると、その視線はもっと増えた。クスクスと笑い声が聞える。俺はカヤの姿を盗み見た。特別変化はない。無理をしているに違いない。
「踊ろうか?」
「ええ」
 手をとってホールの中央、最も目立つところへ連れ出す。嫌でも注目を浴びる。だがカヤはそれにもさして抵抗はしなかった。ここで派手に転んでやればもっと目立つなと思ったのだが、カヤは意外にもダンスがうまかった。これまで踊ったどの女よりも腕に馴染む。優雅で繊細だ。動きだけならば美しい。だからダンスは認めてやってもいいと思った。美しいと思うものに賞賛を惜しまない。それも俺のポリシーだ。気にいったものを汚すのは好みではない。だから、故意に醜態をさらす真似はしないでやった。
 続けて三曲踊ると、カヤは疲れを見せ始めた。俺はまだ踊りたかったが仕方ない。そっと輪を抜け出した。少し休んで、もう二曲踊る。無様な容姿の俺が、軽やかなステップを踏むことが、客人たちには面白かったらしい。更にひそひそ声が聞こえる。「もう少し容姿がよかったら」と、「いくらダンスがうまくても、あれではもったいない」と、全く失礼な噂話。聞えているというのだ。だがカヤは相変わらず平然としていた。強がっているのだと思った。
 それから俺たちは会場を後にした。カヤを家の前まで送り届ける。
「今日はありがとう。これで私に恋人が出来たと思ってもらえたわ」
 玄関先でカヤは言った。礼を述べられるとは思っていなかった。
「ねぇ、悪魔は食事はするの?」
「別に食べなくてもいいが、人間と同じものを食べられる」
「そう? じゃあ、お礼に御馳走するわ。口に合うかわからないけど」
 俺を家の中に招こうとする。……何を考えているのだ。たまらず、俺は言った。
「どうして平気なんだ?」
「え?」
「だから、どうして平気なんだ? 俺と一緒にいることを噂されていただろう? あんな男と一緒だなんてって笑われてた。もう少しましな相手がいるはずだって言われていただろう。恥ずかしいと思わないのか?」
「別に……」
「どうして?」
「だって人に何を言われても関係ないじゃない?」
「は?」
 普通気にするだろう。人の評判を気にする。それが人間じゃないのか。少なくとも俺が今まで契約してきた人間どもはみな、周囲にバカにされるのが悔しいと。だから美しくなりたいと涙ながらに訴えてきたぞ。
「なるほど。これがあなたの狙いだったのね。わざわざそんな姿になるからどうしてかと思ってたら……そういうこと」
 カヤはふふっと笑った。 何故笑う? 
「怒らないのか?」
「怒る? どうして?」
「どうしてって……お前に恥をかかそうとしたんだぞ」
 カヤもっと愉快そうな顔をした。
「あなた、意外といい悪魔ね 」
「は?」
「だってそうでしょ? 私、思うんだけど、美しいままの姿で私と連れ添って歩けば、不釣り合いだと私が笑い者になったと思う。その方が恥をかいて傷つくんじゃないかしら? でも、あなたはそうしなかった。自分が醜くなって笑われることで、一緒にいる私に恥をかかせようとした。自分を犠牲にしてるところがなんだかおかしくて」
「あっ……」
「気付かなかった?」
 言われるとそうだ。そういう方法もある。あんなに必死になって醜男のイメージをしたというのに。なんだかバカにされたようで腹が立った。
「それでどうするの? 約束はまだ十三日残ってるけど。あなたの魂胆はわかっちゃったし、私はあなたの思うように傷ついたりしないわよ」
 ここで引き下がるわけにはいかない。どうしてもこの女に一泡吹かせてやりたい。俺のやり方で、だ。でないと悪魔としてのプライドがズタズタになる。だからやめるわけにはいかないのだ。
「ふん。そんな強がり言って、噂が広がれば絶対に恥をかく。俺はこのまま続けるぞ」
「そう? じゃあ、改めてよろしくね、私の恋人さん」
 カヤはやはり楽しそうに笑っていた。




2010/2/25

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