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4 意外と楽しい時間  


 翌日、俺はカヤをエスコートして舞踏会に出向いた。その次の日も。更に次の日も。毎夜出席している。美しい者が注目されるのと表裏をなしているのか容姿の悪い者も注目される。俺たちはすっかり有名なカップルになっていた。だがカヤは気にしない。だから俺の目的は達成されなかった。
「あんな女にまでバカにされるなんてありえないな。鏡を見たことがあるのか聞きたかったぞ」
 別に本気で腹を立てているわけじゃない。これぐらいで怒っていては一日中怒り狂うことになるから。ただ、そう言うと、カヤは俺をたしなめるような言葉を発する。
「またそんなこと言って……あなただって今まで散々人をバカにしてきたんだから、怒る道理はないと思うんだけど」
 案の定、困った子ねと言いたげな顔で俺を見た。怒るわけでも、呆れるわけでも、嫌そうにするわけでもない。理不尽な怒りだと笑いながら、最後には仕方ないわねぁと受け入れてくれる。そんな仕草だ。俺はこの顔を気にいっていた。だからわざと嘆く。
「いいや、怒るね。絶世の美女になら笑われてもかまわんが、あいつらごときレベルで他人をあざ笑うなんて恥を知れと思う」
「むちゃくちゃね」
 それだけ言って台所へ消えた。
 俺は今、カヤの家にいる。夜会から帰ってくると、お礼に手料理をふるまってくれるのだ。カヤは料理がうまかった。繊細で美しい盛り付けをする。特にデザートがいい。食べるのが惜しいほど素晴らしいデコレーションを施した菓子を出してくれる。それが楽しみだった。
 俺は定位置となった席に座ってカヤが戻ってくるのを待った。すぐにテーブルに食事が運ばれてくる。今日の料理もおいしそうだ。見ていると心がうきうきしてくる。悪魔は食べても食べなくてもいい。だから俺は基本食事をしない。だが、こういう食卓なら食べるのも悪くない。
「いただきます」
「どうぞ、召し上げれ」
 カヤは嬉しそうだった。三年前に妹が嫁いでから一人で暮らしている。料理を作っても食べてくれる人がいない。自分のためにだけ料理をするのは退屈だった。俺が食べるようになってから、料理をする楽しみが甦ってきた。そんなことを言っていた。そういうものなのか。よくわからないが「召し上がれ」と言われるのは嫌じゃない。不思議な気持ちになる。
「ロキは食べっぷりがいいわね。全部たいらげてくれるから、気持ちがいいわ」
「いくらでも食べられるぞ。残したりはしない」
 最後のディッシュを片付けると、カヤは手早くテーブルを片付けて、デザートを運んでくる。俺が最も楽しみにしている時間だ。
「今日のデザートは何だ?」
「さくらんぼ酒のケーキよ」
「ほう」
 正式名をシュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテというらしい。シュヴァルツヴェルダー地方の黒い森をイメージした焼き菓子に、雪に見立てたさくらんぼ酒入りのザーネクリームを塗り、その上に落ち葉に見立てて削ったチョコレートと桜桃を飾ったものだ。なかなかロマンチックなケーキだ。
「おいしい」
「そう、よかった」
 デザートを出し終えるとカヤはドレスの仕立てにとりかかる。俺はカヤの器用な手先を見ながら残りのケーキをゆっくりと食べていく。ケーキは食事の倍以上の時間をかけて食べた。繰り返すが、食べるのが惜しいからだ。
「ねぇ、悪魔は普段どんな風にすごしてるの?」
「仕事してる」
「どんな?」
 どんな仕事をしてるか人間に聞かれたのは初めてだった。これまで肌を重ねた相手は俺の美貌を賞賛するぐらいだったから。
「人間の求めに応じて契約を交わすのだが一般的だが、それとは別に絶対業務として振り分けられる仕事がある」
「ロキはどんな仕事を振り分けられてるの?」
「死んだ人間の魂の回収」
「それってつまり死神ってこと?」
「そうだ」
 カヤは大きく目を見開いた。そんなに珍しいのだろうか。いずれ人間は必ず会うものだ。驚かれるとは思わなかった。
「審判の門まで魂を連れて行くのは重労働なんだ。人間はごねるから。だが美しい者が迎えにいけば大人しくついてくるんだ」
「だからロキは美しいことにこだわってるの? 仕事のため?」
「それは違う。もともと俺が美しかったからやらされてるんだ」
「じゃあ、どうして美しさにこだわるようになったの?」
 仕立ての手をとめて、じっとこちらを見た。美しさにこだわる理由。何故そんなことを知りたがるのか。本当に変わった女だと思う。俺はなんと言うべきか考える。正直に答えてやる義理などない。悪魔が人間に親切に素直になるなどおかしい。だがどうしてか、カヤに尋ねられると話してもいいかと思う。だから、
「美しさを求める心は自然だからだ」
「自然?」
「醜いものより美しいものを好む。それが自然だ。俺はそう思う。美しさを求める気持ちは誰もが備わっている心だろう。だから俺はそれに忠実にいるだけだ。だが人間は違う。『己の容姿』と『美を求める心』をごちゃまぜにする。醜い者は美しくなれないからと『美しさを求める心』まで否定する。人は外見よりも中身だと主張する。『実際に美しくなれること』と『美を求める心』は別物なのに。だから俺は醜い者が嫌いだ。傲慢で愚かな考えを正論だと主張するからな。自分がどういう容姿であれ美を求めることに素直であるべきだ。それが自然の摂理だ」
「……醜い者が美を求めたら笑われるわ? 分不相応だって」
「そりゃそうだ。醜いのだから笑われる。現実を知るべきだ」
「矛盾してない?」
「何故だ? 笑われようがバカにされようが美を求める心は当然の権利だ。現実を受け入れた上で美を求めればいい」
「人はそんなに強くない」
「俺は悪魔だ。そんなこと知らない」
 カヤは黙った。そして再び仕立てを開始した。俺もまた休めていた手を動かしてさくらんぼ酒のケーキを食べ始める。カヤの方にチラリと視線を送る。昨日から新しいドレスに取り組んだらしく、青い生地を丁寧に裁断していた。集中しなければならない作業だから黙ったのか。しばらくして、一段落した頃を見計らって今度は俺が尋ねた。
「カヤは、どうして人のドレスばかり作るのだ?」
「え?」
「自分のドレスはどうして作らない? カヤのドレスは素晴らしく美しい。それで自分を着飾ればいいのに、どうして人のドレスばかり作る?」
「……どうしてって、」
「いつも黒やグレイなんて地味な色のドレスばかりじゃないか。もう少し明るい色のドレスを着れば見られるようになる。何故そうしない? せっかくそんなに素晴らしい腕をもっているのに人にばかり提供する。自分のために作ればいいじゃないか」
 俺は何を言っているのだろう? 着飾れば見れるようになる? 美しくない者が着飾ったところで見苦しいだけじゃないか。なのにどうしてそんなことを言ってしまったのか。第一、カヤがどうなろうが関係ない。しかし、一度言ってしまった言葉は引っ込められない。俺は気まずさから残りのケーキを一挙に詰め込んだ。スポンジが絡まってむせかえる。カヤが背中をさすってくれた。その手はとても心地よかった。




2010/2/28

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