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降伏せよ 01

 気付かなかった、と言えば嘘になる。見られている気はしていた。だけど初めは、高坂君の傍にいるせいだと思われた。去り際に、チラリと私を視界に入れていくなぁ、ぐらいだったし。一応認識されているのか。勢力にはならなくても「敵」と認定されているのか。と解釈していた。でも、ここのところあからさまに「見られて」いた。じっと見つめられる、レベルだ。だけど、誰もそのことについて触れてこない。「トーコちゃん、なんか見られてない?」と言ってくれれば、「やっぱりそうよね?」と私も言えるけど、自分から言うのは自惚れが強いと言うか、「なんでお前が見られるの?」とか言われちゃっうっぽいので、黙っていた。実際、私の自意識過剰で終わればややこしくなくていいと願ったし。
 ああ、ごめんなさい。ついつい、先走ってしまって、何のことだかわからないよねぇ? 「敵」って何? って完全に置いてけぼり状態よねぇ? 
 まぁ、なんというか、敵という響きは悪い奴ってイメージだけど、私はけして悪い奴ではなくてですね。悪い奴からみた場合の敵。つまるところ、正義の味方(別に私の頭はおかしくない)。何とかライダーとか何とかレンジャーとか。あんな感じ(けして私の頭はおかしくない)。高坂君というのがそういうのをやっていまして、私はそのサポートメンバーとして頑張っております(本当に私の頭はおかしくない)。
 で。
 正義の味方がいるのなら当然悪の組織もいる。高坂君と攻防戦を繰り広げている相手がいる。そのうちのいわゆるボス? 的な人がおりまして。紺野さんって言うのですが(高坂君にしても紺野さんにしても名前が普通すぎてちっとも正義や悪を連想させないのが話にリアリティを出せない要因かもしれない)。その紺野さんからどうも熱視線を感じる気がしなくないなぁ、と。いやでも、そんなことないかな? (そうであってほしい気持ちが強いし)と微妙な状況にいた。それは、ここ数ヶ月の間、より強く疑うようになっていたけど、特別声をかけられるわけでもなく、見られているだけだし、そのうち何事もなかったようになることを期待して過ごしていた。
 なのに。
 それが、「最悪の形」になった。
 十二月二十四日。午後八時過ぎだった。今日は暇そうだし、帰っていいよ(うちの上司は結構アバウト)。クリスマスだし、楽しんで。なんて言ってくれて、(まぁ別に予定はないのだけれど)、コンビニでケーキを買って家路を歩いていた。そしたら襲われたのだ。
 私には特殊な力はないけれど、間一髪で避けた(危機管理能力は職業柄並の人間よりある。ちょっとだけ自慢)
「大人しく今ので殺されていれば痛い思いせずにすんだのに」
 振り返ると、絶世の美女(性格は傲慢ちきそう)が忌々しげな顔をして立っていた。美人にすごまれるとぞくぞくする。恐怖は増す。私は言葉も出なかった。
「あなたが悪いのよ。あの方を誘惑するから。死んで詫びなさい」
――そんな馬鹿な。
 声にならなかったけれど、私は必死に叫んだ。
 この美女が紺野さんにぞっこんなのは知っていた。以前に二度ほど二人が一緒にいるところを見たけど、誰の目にも彼女が紺野さんを好きなのは明白だった。だからって何故私が殺されなければならないの? ――いや、物凄く理由はわかる。自分の愛する人が好きな相手(この場合、好きかもしれない、でも、ちょっと気にしている、でも大差ない。要するに、紺野さんの視野に入っていることが許せないのだから)を殺して排除する。ということだ。そんなことしても、紺野さんがあなたを好きになるかわからないじゃない。なんて正論は通用しない。通用するなら、こんな行動には出ない。
――本当に冗談じゃない。
 よもやこんな風な死に方をするなんて。真面目に生きてきたというのに。だけど私の力では勝てない。逃げ切れる自信もない。絶体絶命。声も出せないで息絶える。最悪だ。私は目をギュッと瞑った。自分の非力さを呪いながら。

***

 気付くと肌に柔らかい感触。質のいいベッドに寝かされている。甘い香り。周囲を見渡すが知らない場所だ。ベッド以外、何もない。人が住んでいる気配がない。誰の部屋だろう?
 ゆっくり起き上がり、部屋を出てみる。
 随分と広いリビング。黒のいかにも高級そうな(たぶん牛皮製)ソファと、何インチぐらいあるのかわからない薄型液晶テレビ以外、何もない。やはり人が住んでいる気配がない部屋だ。そして、ソファに優雅に座っている人物は、何をするでもなくじっとしていたが、私を見ると表情のない顔で、
「目が覚めたのか」
 と独り言のように言った。
 私はうなずいた。何か、説明があるのかと思ったが何も言ってくれない。それとも、私から何かを言わなければならないのか。
 状況から察するに助けてくれたのだろう。彼女から。
 紺野さんは黙ったまま、ただ私を見ている。
「あの、ここは」
「私の部屋だ」
 視線を交わすことはあったけれど、直接話をするのは初めてだ。高坂君とのやりとりは聞いていたけれど、あの時の声はとても冷たい。それなのに耳から消えない。不思議な声をしていた。でも、今、ほんの一言だけだけど私に向けられた声は頼りなかった。戸惑っていると感じられた。それでも背中に冷や汗が流れる。――怖い。単純に。恐ろしい。一瞬でも視線をそらされたら、その隙に私は逃げ去っていたと思う。ほんのわずかでも。だけど、紺野さんは私を見つめ続ける。
「君はこれから狙われる可能性がある」
 狙われていた、ではなく、今後、未来において。紺野さんの口ぶりからはそう読みとれる。彼女にこの先も付きまとわれ命の狙われ続けるということか。恋に狂った女は恐ろしい。そういうこと、だろうか。 
「私が君を助けたことで、君を狙う者が出てくるかもしれない」
 もう一度、少し言葉を足して言われたことで、意味を理解する。あそこで、助けてもらわなければ彼女に殺されていた。だけど、助けられたことで、紺野さんにとって私は「殺されては困る存在」と周囲に思われる可能性がある。そうなれば、紺野さんを狙う勢力の標的にされるかもしれない、ということだろう。この先、今日のようなことが起きるなんて。考えただけでも悪寒が走る。
「……君は、いつもそうなのか」
 いつもそう、とは何を指しているのだろうか。言われたことに適切(だと思われる)言葉を返さないことだろうか。だけど、それを聞かされて、私は何と言えばいい? 黙るしかない。だけど、
「そうやって、」
――じっと見つめるのか。
 告げられた言葉に、唖然となる。あんまりにも堂々と言ってのけるので、最初、本当に、私が紺野さんを見つめているのかと疑った。だけど、違う。私が見つめているのではなくて、
「あなたが私を見てくるから、私もそうしてしまうだけです」
「私はそんな見つめてなど……」
 紺野さんは驚いたように口ごもる。
 無自覚。なのだろうか。全部。無自覚でしているの? 今の言動からどうやらそうらしいと推測する。この人は自分の気持ちに鈍感なのか。或いは、私の勘違いなのか。……だけど、私を助けたということは勘違いではないだろう、たぶん。もし、まったく違うのならば、私を助けなかっただろう。一応敵対する関係にある私が殺されても、痛くもかゆくもないだろうし(たとえ殺される理由が、あの美女の勝手な思い込みだったにせよ)、関係ないと見捨てるはずだ。
 だとして、だ。
 それを自分の口から伝えるのはどうかと思われた。いくらなんでも、たとえば九十九パーセントそうだとしても、「あなたは私が好きなんですよ」など言えるはずがないし。言ったとして、相手が「ああ、そうだったのか」と認めて、その後、「じゃあ、そういうわけで」と終われるはずがない。気付いていないなら気付いていないでややこしくならないでいい(いや、すでに、命を狙われている時点でややこしいことにはなっているのだけど)。とにかく、もうこれ以上、面倒事はごめんだった。
 私は視線を彼からずらし、俯く。それから早口に、
「すみません。いろいろあって動揺していました。私が見ていたのかもしれません。不躾な真似をしました」
「別に私は怒っているわけでは、」
 すかさずに言われて、思わず顔を上げると、ソファから立ち上がりこちらに向かってきていた。ぎょっとなって私は後ずさるけれど、紺野さんの動きは止まらずに、右腕を掴まれる。痛みはなかったけれど、触れられた部分が熱い。私は息を飲んで彼の顔を見つめた。



2010/12/24

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