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恋の罠U  1.好き、だけど 

 永原晶規と関係を持つようになってから二週間が経過した。放課後毎日、彼の家を訪れている。今日も、例外ではない。
 インターフォンを押す。ピンポーンと鳴ったと同時ぐらいに扉が開いた。まるで玄関先で待ちかまえていたかのような素早さに面食らう。不機嫌そうな顔をして、私の左腕を掴むなり引きずるように中に入れられた。不機嫌そうというか、完全にご機嫌斜めみたいだ。
「遅いし」
 それが原因らしい。が、
「え…と、授業終わってすぐ来たと思うけど?」
「俺、二十分前にはここ帰ってたけど?」
 同じクラスなのに、どうしてこんなに時間の差があるんだ、と言いたいのだろう。でも彼の怒りは理不尽なものだと思う。私にも付き合いがある。友だちだっている。これでも充分急いできた。待たされることが嫌いなのだろうけど、それなら一緒に帰ってくればいいのに。でも、けして一緒に帰ろうとは言わない。それどころか、学校ではほとんどしゃべらないし、視線が合うこともなくなった。
「何してた?」
「何って……」
「まぁ、それは後でいいや。それより、口、開けて?」
「え?」
「舌入れるから……ってか言わせないでよ、恥ずかしいじゃん。それともそういうプレイが好きなの?」
 違う……と声にする前に彼の舌が侵入してきて否定できなかった。背後に玄関ドアがあって逃げられない。彼と扉に挟まれて、身動きできず、濃厚な口付けをただ受けるしかない。なんの準備もなく与えられた刺激に、けれどここ数日で体はすっかりと快楽を知ってしまい疼きだす。そんな自分が恥ずかしくて、たまらない気持ちになった。彼はいつも以上に執拗に口内をまさぐって、ようやく解放されたときには息があがった。抗議の視線を投げるが、
「あんたが悪いんだよ。二十分も不必要に我慢させられたんだから」
 しれっと悪びれることない。それどころか、更にまたしかけてこようとする。
「いやだ」
「いやじゃないでしょ? 自分から毎日抱かれにきてるくせに」
 それを言われると愚の根も出ない。彼は、私に言った。私が毎日ここに来るなら、他の女は抱かない。だから私は毎日くる。
「そんなに俺が他の女を抱くのは嫌?」 
「……」
「咲穂、黙ってないで答えて?」
 髪に触れてくる指先は官能的だ。弄ぶような仕草に熱があがる。
「嫌じゃないの? 嫌じゃないなら抱くよ? いいの?」
「……嫌」
「ふーん。そうか。ヤキモチ焼きだなぁ」
 からかうような口調。楽しげだった。こんなとき、私は絶望的な気持ちになった。
 彼にとって私は何なんだろうか。
 一応約束を守って、私以外の子を求めることはないようだけど(というか放課後一緒に過ごしているから、他の子と会う時間がないだけというのが正確だ)。学校での素っ気無さを見ていると、彼女とは言えない気がする。だったら、何? 考え出すと心の中が真っ黒になっていく。だから、なるべく、考えないようにつとめる。なんであれ、彼の傍にいられればいい。ダメ女の典型かもしれない。それでも、私は、彼が好きだった。

 それから更に数日が過ぎた。

 肌を重ねるたびに彼への執着が増していく。それと比例して私の心は疲れていった。このまま、こうしていていいのか。たぶんよくない。わかっているけど、止められない。
 その日も、私は彼の家に向かう予定だった。でも、学校を出る前に、担任の先生に捕まった。授業で使う教材のコピーを頼まれた。無下にも出来ず、引き受けた。学校を出たのが六時。彼の家まで電車で三十分はかかる。間の悪いことに、事故で電車が遅れ結局マンションに着いたのが八時前だった。こんな時間になったことはない。
 彼が私に言った言葉が脳裏をかすめる。「あんたが来ないなら、他の子を呼ぶから」と、彼はハッキリと口にしていた。こんな時間だ。今日はこないと思って、誰か呼んでいるかもしれない。今、インターフォンを鳴らしても、見たくない光景を見るかも。確かめるのが怖くて、足がすくんだ。
――今日は、帰ろう。
 傷つかないための選択。
 翌日、学校で会っても、彼は何も言ってこなかった。私からも何も。彼にとってみたらとるにたらないことなのか。そう思うと悲しいというよりも、妙にサッパリした。
 その日から、私は彼の家に行くことをやめた。
 一度行かなかったら、敷居が高くて行けなくなったというのもあるし、自分が間違ったことをしている後ろめたさもあったし、丁度よかった。
 三日過ぎ、一週間過ぎ、徐々に私は彼を知る前の日常を取り戻した。落ち着いた穏やかな日々を。相変わらず、彼は何も言ってこなかった。
 一ヶ月が過ぎるころには、あれは夢だったんじゃないかと思いはじめた。このまま忘れていくのだろうと思った。



2010/1/28
2010/2/22 加筆修正

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