昔から思っていた。
遊び人が本気の恋をして改心する。それはいいとして「本命の座」におさまった女と、遊び相手にしかならなかった女、一体何が違うというの? と。「本命」の女より「遊ばれた」女の方が一生懸命に男を振りむかせようとしていた気がする。努力していたじゃない? でも彼らが本気になるのはそういう子じゃなくて、男に興味ないと言っていたような女だったりする。興味がないというのなら最後まで興味を持つなと思う。頑張っていた子たちの努力ってば何だったの? と思ってしまうもの。だから遊ばれた女たちが「本命の座」を射止めた子に意地悪する気持ちはわかる。実際に行動に移すのはいかがなものかと思うけど、そりゃ嫌みの一つや二つや三つや四つ言いたくもなるでしょ。納得できないもの。でもそれが恋愛というものらしい。全く理不尽極まりない。神様そりゃないよ、と訴えたい。
「優しいんだよなぁ」
浅村翔吾は私に言った。のろけだ。
最近付き合い始めた彼女。遊びじゃなくて本気。のぼせ上がっている。事実、その女の子は優しい。生真面目な優等生だ。認める。けれど、あなたに今まで言い寄っていた女が優しくなかったわけじゃない。それをこの男はわかっているのか。たぶんわかってないのだろうな。「どうして彼女たちと付き合ってたの?」と聞いて「軽くてやらせてくれるから」という返事がきたら私はこいつを殺してしまうので聞かない。こんな男のために人生を棒に振るなんて絶対嫌だ。
「うまくいっているなら何よりです」
感情を抑えて言った。この男に遊ばれる女がいなくなるならめでたい。そう思うことにした。
私は男嫌いなのだろうか? 時々考える。とりあえず、周囲の男どものことは嫌いだ。ろくな男がいないから。
父も二人の兄も弟も、幼馴染の翔吾も世間一般で言われる「イケメン」だ。アプローチしてくる女は後を絶たず、とっかえひっかえの寄りどりみどりだ。二番目の兄と翔吾に関しては本気の恋をして目が覚めたとか言って突然彼女一筋になったけど。
聞いたとき、なんじゃそりゃ、と思った。改心したからってすぐさま彼女とラブラブになれちゃうわけ? そんなうまい話あり? あなたが遊びで付き合っていた女の中には真剣に愛してくれた子もいたはずだ。そういうのを全部踏みにじってきたのに、コロっと態度を変えてしまうことに眩暈がした。悲しいし、むなしい。だから彼女には悪いが応援する気にはなれなかった。その彼女が悪い人じゃないのはわかる。いい子なんだ。これがまた。でも、兄や翔吾が今まで散々ないがしろにしてきた女とそんなに違うとは思えなかったから。縁だとか、タイミングだとか、相性とか、そういう曖昧なもので結ばれただけ。だから私はどうしても、遊ばれて捨てられた女の子たちの側についてしまう。報われなかった思いの残骸を拾い集めてしまうのだ。
でも、もっと性質が悪いのは、父と長男と弟だった。こっちはもうからっきしダメだった。
父は結婚しているのに浮気癖がおさまらず母とは現在別居状態だし。母と付き合いだして改心し、年貢を納めた(自ら納まったと聞く)はずが、年月が経過すると甘えが出るのか。今では母の方が惚れているから別れないとタカをくくっているのか。好き勝手して、母は出て行った。本当に別れてしまえばいいのに、あんなダメ親父でも好きなのが信じがたい。つくづく恋は恐ろしい。
長男は社会人になって少しは落ち着くかと思いきや、連日連夜コンパに明け暮れている。仕事をしてるのか疑問だ。
弟はまだ中学生だというのに年上のお姉様方に可愛がられている(未成年に手を出したら法律違反ですから!)。
そんなわけで、男の勝手さと、恋の理不尽さに私は憤慨している。恋愛をからませなければ彼らにだっていいところはある。だけど、ひとたび恋愛感情が絡むとろくなことにならない。修羅場も数多く見てきたし。私が恋愛に関してネガティブなのは仕方ないと思う。いや、全世界の男がそうなわけじゃないとは思うけど…。イケメンでなくていい。女をとっかえひっかえするような男じゃない、人の気持ちを踏みにじってこなかった人。そんな人がいたら恋をする。だから早く出会わせてほしい。
「お前も早くいい男見つけろよー」
翔吾はヤニさがった顔で言った。あんたみたいな男を見てきたら恋愛する気になれないんですけど…と反論するのも面倒なので、そうだねとうなずいた。まぁ、一応、幼馴染みとして祝福する気持ちもなくはなかったから。
一方、浮かれている翔吾とは正反対に、落ち込んでいる人間もいる。
翔吾に本命の彼女が出来たことを心底投げいでいる人間が――斎木萌々羽だ。
「悔しい! 悔しい悔しい悔しい」
鼻息荒くわめく。化粧崩れも激しい。獰猛さを私は笑った。すると斎木は睨んでくる。いやしかし、あなたの今の姿を見たら笑っちゃうよ? と言うと変な顔をしてみせた。案外元気じゃん。と、思えるが、落ち込んでいる。
「彼女が出来たからもうお前はいらない。って何それ? あたしは彼女じゃなかったのー? セフレだったなんて!!!」
「……警告はしたと思うけど? 聞く耳持たなかったのはあんただから自業自得だと思います」
「坂上って冷たいわよね。こういう時は、『酷い男だ! 最低!! あたしが文句言ってきてあげる』ぐらい言うものよ? 友だち甲斐がない」
「あんたと友だちになった覚えない」
「酷い。あたしは男運も友だち運もなーい」
私はさらに大笑いした。懲りない女だ。
斎木と知り合ったのは高校一年の梅雨の頃だ。派手な女。それが第一印象。年がら年中ふわふわっとしていて、露出狂かと思えるほどスカートの丈は短い。髪は茶色くて、遊んでいそうなイメージをより強調している。たっぷり塗られたマスカラは重たそうだが、丁寧に手入れされた唇は女の私からも魅力的だと思う。キスしたくなるとはこういうことなのだろう。普通なら関わり合うタイプではない。だけど、突然私と仲良くなりたいと近寄ってきた。妙だなと思った。そしたらやはり目的があった。
――浅村翔吾に近づきたい。
斎木は翔吾が好きだった。モテる翔吾に真っ向からアプローチするのは倍率が高い。だからまず傍にいる人間と仲良くなることにした。ターゲットになったのが私だ。それがバレバレで、バカな女だなと思った。呆れた。でも嫌いにはなれなかった。斎木は真剣だったから。
計画はうまくいった。
斎木は翔吾と付き合い始めた。ただし、相手は複数いたけど。話を聞く限り、セックスフレンドだ。それでも「付き合っている」と言い張った。関係は半年ほど続いたが、そのうちデートらしいデートをしたのは一度だけ。後生大事な思い出にする気なのか、繰り返し聞かされて耳にタコだ。よほど嬉しかったのだろう。女の子だなぁと思った。当然だ。女なら誰だって好きな人と手を繋いで町を歩いたり、流行のテーマパークに行ったり、映画を観たりしたいだろう。セフレのような扱いで納得する女なんていない。でも、それしか無理だから我慢している。我慢するくらいならやめてしまえばいいのに……気持ちを抑えることが出来ないのが恋愛なのだ。
だから翔吾に好きな女が出来たから「別れる」と宣言されたときの斎木の動揺は半端なかった。まず、信じなかった。
「なんであんな冴えない女が!」
憤った。人のことを冴えないと表現するのは失礼な話だけど……まぁ、わからなくはない。翔吾が惚れた女、倉島蛍は斎木とは見事に正反対のタイプだった。翔吾が付き合っていたタイプとはあまりにも違いすぎる。
――どうして彼女を?
私も疑問に感じて聞いた。
高校二年の五月の体育祭の時だった。翔吾はリレーのアンカーを任されていた。ゴール直後に勢いあまって派手にこけた。それを迅速に手当てしたのが倉島さんだった。
「その時さ、礼を言うと『クラス委員だから当然の義務だし、気にしなくていい』って言われたんだよな。てっきり、じゃあ、お礼にデートしてとか言われるかと思ってた。恩を売ることで、仲良くなろうとか上等手段じゃん? 俺に近寄ってくる女はみんなそうだったし。だからすげー新鮮で、興味持った。そんで好きになった」
それから、翔呉は彼女を口説いた。倉島さんは最初、戸惑っていた。周囲の人間も「真面目な女の子をからかうな」と揶揄った。だけど、当人はいたって本気。それを証明するためにセフレとは全部別れた。綺麗な身になって「真剣です。付き合ってください」と告白し続けた。倉島さんは翔吾の告白を受け入れた。
「男の人に告白されたのは初めてで嬉しかったから」
それが倉島さんが翔吾と付き合った理由だそうだ。なるほど。恋愛とは無縁に生きてきて、これといって好きな人もいない。そこに突然現れた男が自分に懸命に告白してきたら、断る理由はない。ましてや相手はイケメンだし。からかっているわけではなく、本気で惚れているのだと繰り返し言われて、悪い気はしないだろう。そこまで言うなら付き合ってみようと思うのは自然だ。
「あたしの方が絶対にうまく包帯巻けるのに!」
斎木は翔吾が倉島さんを好きになったきっかけを知った後に言った。冗談っぽく聞こえるけど真剣だ。悔しさと悲しみがまざっている。傷ついているのは明白だった。
「そういう問題じゃないと思うけどね」
私はそう返すのが精一杯だった。
2010/3/20