Love or Fight > 01 / 02 / 03 / 04 / 05 > novel index
02 酷い男

 「初々しくっていいわー。今までの女とは違うな。中身があるもんな。軽い女って話すことつまんねぇし。お前らはお洒落にしか興味ないのかって思ってたけど、聞かないと煩いから我慢してきたんだ。その点、蛍は違う。話を聞きたいって思う。映画の話とかな。あいつ、SFものとか超詳しいんだぜ。男を捕まえることしか興味ない女とは違う。男に媚びる女とは全然違うな」
 相変わらず翔吾ののろけはとまらなかった。
 聞きながら、私はもやっとした感情が広がっていく。
――媚びることがそんなにいけない? 
 媚びることを揶揄るけど、じゃああなたが誉める倉島さんはそれが出来るの? まずそう思った。世間一般では「媚びる女」はいやらしいと評価されるし、私自身やっぱり苦手だ。男の体にボディタッチをする女のなまめかしさみたいなのは好感をもてない。けれど、それに意見していいのは「媚びることが出来るけどやらない女」だけだ。媚びると一口に言うが、自分に自信が無いと出来ないことだから。「女」として自信が無いと出来ない。それを手にするのは並大抵のことじゃない。少なくとも私は出来ない。だから男性に「女」を惜しみなく出せる女のことをとやかく言う権利はないと思っている。
 翔吾だって、今までそういう女の子達に気分よくしてもらってたのに、どうして批判めいたこと言えてしまうのか不思議だった。
 それにお洒落のことしか興味ないというけど、お金持ちならいざしらず、普通の女がかけられる美容代なんてたかがしれている。その中で、流行りの服装をチェックして、着こなすのは大変だ。体型にも気を使わなくちゃいけない。努力していることだ。頑張っていることを認められたいと思うのは自然な感情じゃない? だからお洒落の話をする。知っている情報は多くなれば話をしたいと思うのも普通だ。それがそんなに責められることなのか。倉島さんが映画を見たり、SFについて調べたりしてる間に、彼女たちは町に出て可愛いお店を探し、化粧の練習をしていた。それは同系列の事象じゃないの? 翔吾にとってSF映画は興味あるけど、女のお洒落については興味がない。だから倉島さんの話はおもしろいけど、彼女達の話はおもしろいと思えない。それだけの話だ。それで中身があるとか無いとか決められないはずだ。倉島さんと価値観が合うから彼女の努力は認める。でも、お洒落の話には共感できないから努力も認めない。勝手な線引きをしているとしか感じない。
「それにさ、他の女みたいに『あたしのこと好き?』とか、メールの返事をしなかっただけでヒステリックになったりとかもしないしな。ああいうサッパリしたところがいい。やっぱり人間中身だよな」
 翔吾が「中身に惚れたんだ」と口にすればするほど、腑に落ちないものが広がった。
 「あたしのことを好き?」と聞くのは不安だからだろう。自分のことを好きだと確信をもてたら、わざわざ聞いたりしない。メールの返事がないことを怒るのだって、それ以前にコミュニケーションがうまくとれていないからだ。ちゃんと満足いく関係を築けていたら、女はヒステリーを起したりはしない。彼女達の中身が悪かったからじゃなくて、翔吾自身が彼女達を追い詰めていたから、ヒステリックになっただけ。実際、倉島さんにしているような態度を彼女達にもしていれば、彼女達は優しくて可愛らしい女の子でいたと思う。怒り狂った分だけ翔吾を好きだったということなのに、それをそんな風に言うなんて。本気でそう思っているのだ。
――どうしてこんな男がモテるのだろう?
 幼稚で自分勝手だ。なのにどうして?
「だって、男前に好かれると、自分はいい女だって思えるじゃない?」
 斎木は言った。モテる男に選ばれたい。あれだけの女の中から私を好きになってくれた。そしたらやっぱり私は「いい女」なんだって自信がつく気がするから。――なるほど、と思った。みんな、なんだかんだと自信がないのだ。「女」として生きるというのは難しい。綺麗な人なんていっぱいいる。どんなに美しい女(事実斎木は美人だ)でも、コンプレックスはある。モテる男に見初められたら、自分はイケてると思う。その気持ちはよくわかった。
「それに、やっぱりみんなに羨ましがられるのって気分がいいじゃない」
 私が斎木を嫌いになれないのはこういうところだ。自分の気持ちを誤魔化さない。嘘をつかない。「優越感に浸りたいから」なんて隠さずに言えちゃう女はなかなかいないと思う。見栄を張るものだ。良い格好する。でも斎木はあけすけだった。こんなに潔い女を他に知らない。
「でもさ、それじゃ翔吾じゃなくても、男前なら誰でもよかったってこと?」
「ん〜どうだろう。そんなこと考えたことないや」
 コンプレックスから始まった。自分に自信を持ちたかった。なのに弄ばれてしまっては本末転倒だろう。余計に自信を失ってしまうじゃないか。でも斎木は笑っていた。  
「とっかかりなんてどうでもよくない? 好きになっちゃえばさ」
 複雑な気持ちが混ざり合っているのか。私には理解できなかった。ただ、一つだけはっきりしていることは、翔吾と付き合ったからって自信をもてるなんてのは幻想だ。でも、それを言ったところで斎木の気持ちはもうとまらないのだろうけど。
――自分のせいで苦しい思いをしている人がいる。
 翔吾は考えることもないのだろう。そう思うとまた不条理だと思う。怒りが蓄積されていった。だから私はなるべく翔吾との距離をあけた。でも生まれてしまった憤りはなかなかおさまらなかった。

 そして、それが大爆発をおこした。

 バスケ部の試合日だった。三年生が引退するので一・二年生と最後に試合をする。うちの学校の恒例行事だ。バスケ部は人気があるからギャラリーも結構観に来る。私も斎木に連れられて観に行った。斎木の目当てはもちろん翔吾だ。だけど、
「なんで来てるの?」
 ぽつんと呟いた。その視線の先には倉島さんがいた。
「今まで一度だって観に来たことなかったのに」
 斎木はいつも体育館の二階から翔吾の姿を目で追っていた。教室では翔吾は倉島さんにべったりで、さすがにツーショットを見るのは辛いのだろう。でも、好きな人の姿を見たい。だから、放課後、練習する姿を見る。唯一許された時間だ。倉島さんはけして練習を見に来ることはなかった。翔吾はもちろん来てほしがったみたいけど、「バスケのルールはよくわからないから」と断られたそうだ。それが、今日に限って観に来ている。斎木は、一瞬だけ泣きそうな顔になった。でもすぐにいつものチャラチャラした顔に戻る。
「彼女だから、当たり前か」
 私はその言葉にいいようのない痛みが走った。
 倉島さんの登場にショックを受けているのは斎木だけではなかった。翔吾目当てでいた女の子――特に今まで翔吾に遊ばれた女の子たちの視線は集中した。彼女たちは斎木よりももっと露骨だった。これみよがしに言葉にする。
「いつもこないくせに、こんなときだけくるなんてどういう神経してるの? あつかましい」
「調子乗ってんじゃないわよ。どうせすぐ飽きられるでしょうけどね」
 私の心拍数は上がっていく。冷や汗がでた。毒づく彼女達は言いながら自分が傷ついていたから。でも、
「おい、お前ら何失礼なこと言ってんだよ。蛍は俺が来るように無理に頼んだんだよ。俺が応援してほしかったんだ。それをそんな風に言うなんて、性格悪すぎるぞ。謝れよ」
 翔吾の大声が響く。
「今度蛍に何か言ってみろ。女だからって容赦しないからな」
 体育館は静まり返った。
 倉島さんは頬を染めて「ありがとう。大丈夫だから」と告げていた。翔吾をその姿に鼻の下をこれでもかってほど伸ばしていた。私は二人を見ながらぞっとした。周囲の女の子たちの報われなかった想い。歪な形になってしまって、可愛くも優しくもなくなった恋心が悲鳴を上げている。彼女たちの想いだって、もし、ちゃんと報われていたのなら、倉島さんみたいにふんわり笑えていたはずだ。
 倉島さんに全然悪気がないのはわかる。恋人に「大事な試合だから観にきてくれ」と言われれば、一度ぐらいならと思うだろうし、軽い気持ちで観にきたのだろう。でも、私は彼女がここに応援しにくるべきではなかったと思う。観に来てはダメだった。仮に翔吾が、とてもまっとうで、誠実で、単なるやっかみだけで嫌がらせをされているのなら話は別だけど。でも翔吾の場合は違う。校内でも有名な遊び人だ。だから、倉島さんも最初は翔吾の告白を信じなかったのだ。自分が付き合っている男が今まで何をしてきたか知ってるはずだ。「遊ばれた」女がいる。だったら、泣かされてきた子たちの存在を考えるべきだ。
 この敵意は全くの理不尽じゃない。
 嫉妬と憎悪をむけられても仕方がない。そういう男と付き合っているのだから覚悟がいる。遊ばれた女たちの気持ちを刺激しないよう配慮できなければ翔吾と付き合っちゃいけない。そういう相手なのだ。陰口をたたく女の子たちを正当化するわけじゃない。でも、悲しい。むなしい。吐きそうだ。衝動がおさまらない。そして、

 私は翔吾の傍まで行って、来る途中で買ったペットボトルの水をぶっかけていた。

「……なにすんだよ」
「それはこっちの台詞。何、偉そうなこと言ってんの? あんたがこの子らに説教できる立ち場なわけ?」
「どういう意味だよ? こいつら蛍に酷いことを……」
「倉島さんに対して言ったこと誉められたものじゃない。でも、そうさせてしまったのはあんたが原因でしょ? あんたが彼女たちの気持ちを散々ないがしろにしたから、追い詰められてたのよ。それがわかんないの? あんたみたいな男と付き合ったから倉島さんはこんな目に遭ってるの。あんたが今までしてきたことの報いを、あんたじゃなく倉島さんが受けてるの。それを当人が正義感ぶって庇うなんて笑わさないで?」
 何をしているのだろう。こんな大勢の人の前で。私こそ一体何様だ。だけど、もう止められなかった。
「ねぇ、考えたことある? 彼女たちは今まであんたに好かれようと一生懸命だったのよ? 冷たくされても酷い扱いを受けても、それでも好きだから許してきた。それをあんたは『軽い女だ』と決めつけてバカにした。それで何? 自分に好きな女ができたからってコロっと態度変えて尽くしちゃって。それを見せつけられた人間がどういう気持ちになるかなんて考えもしない。何が真実の愛に目覚めたよ。人の気持ちを踏みにじってたことにも気付かない人間が、愛なんて言葉口にして恥ずかしいと思いなさい」




2010/3/21

  

Designed by TENKIYA