03. Side朱乃―始まらなかった夢の終わり
「まわりくどいのはあまり得意ではないので、不躾をお許しください。……朱乃さんは他に想う方がいらっしゃいますね?」
史孝との婚儀を承諾してから、正式に会うことになり出向いた屋敷。二人にしてほしいと人払いをされ緊張した。手持無沙汰でどうしていいか身体を固くしていると柔らかな声でそう言われて面食らった。何と言えばいいのか、躊躇う。頷いてしまえば、この話はご破算になってしまうのか。そうしたら陽芽は落胆するだろう。冷淡な眼差しをむけられる。――けれど、目の前にいる史孝の頼りなく揺れる目が優しげで、この人に嘘はついてはいけない気がした。だから、うなずいた。
「正直なのですね……いえ、怒っているわけではないので誤解なきよう。ただ、知っていていただきたかったのです。私はそれでも構わない。あなたが誰を好きでも、あなたを妻に望んでいることを」
どうやら、話が立ち消えになることはなさそうだ。ただ、
「あの……どうしてですか?」
「そうですね。全てお話しなければフェアではありませんね……」
史孝は話し始めた。
彼には愛した女性がいた。結婚を反対されて二人は駆け落ちした。運悪く自動車事故に遭い相手の女性は死亡。史孝は左足を悪くしてしまった。日常生活に支障はないが走ることは出来ない。また長時間立つことも困難だ。だが、それよりも心の傷の方が深かった。両親はそんな彼を心配し、将来を案じ、気晴らしに園遊会へ連れて行った。そこで私を見たそうだ。私もまた父に無理やり連れて行かれたものだった。
「朱乃さんは彼女に少し似ていたんですよ」
彼女の面影を求めていた。私に興味をもったきっかけ。
私が「奥澤の一人娘」と知って、奇妙な縁を感じたという。奥澤の人間ならば、いずれ政略結婚をするだろう。そうであれば相手が自分であっても構わないのではないか。奥澤の娘とならば両親も喜んで縁談を進めるだろう。親不幸した分を少しでも返せるかもしれない。そんな打算も絡まった申し出だった。
「君の父君は実直な人でした。闇社会を牛耳っているとはいえ、娘のことは別だった。君に好きな人がいること、その想いがあるうちはそっとしておいてやりたいとおっしゃっていたよ」
「父が――?」
――知っていたの? 私の気持ちを。
「だが父君がお亡くなりになられて……。あなたはあのまま奥澤の家を出るおつもりだったのでしょう? 出て、自分の想いも封印するつもりだった。そして、一人でひっそりと生きていくつもりだった。違いますか?」
まっすぐに見つめると、真剣なまなざしが返ってきた。この人もまた同じなのだ。私があの人以外は愛せないように。
「私と共に暮らすのも悪くはないと思いますよ。私は君の想い人に似てはいないけれど、きっとうまくやれますよ。私たちはいいパートナーになれる」
私がこの人を愛することも、この人が私を愛することもないだろうけれど、穏やかで静かな生活は出来るだろう。傷つくこともなく。そしてそれが陽芽の役に立つのなら――だから、私はその手をとることにした。
2009/9/8
2010/2/20 加筆修正