ドーセに言われた通り公園で待っていた。
あんな風に逃げ出してしまって、史宣に会わす顔がない……。でも、このままではよくない。逃げていては今までと変わらない。自分の気持ちから逃げないと決めたのだ。想いは伝えられなくても、せめて挨拶ぐらいできる仲になれるよう最大限の努力はしてみよう。彼が許してくれるかどうかはわからないけど。明日、朝一で会いにいって……。
そう思っていると名を呼ばれた。
はっと顔を上げる。史宣がいた。ほんの一メートル前まで来ている。まるで気配を感じなかった。突然の登場に私はあっけにとられて、だけど体は無意識に反応したのか、また逃げ出しそうになった。だって心の準備も何も出来ていなかったから。人は自分を守るための本能が備わっているのだ。
けれど、腕を掴まれて身動きできなかった。
――言い足りないと追ってきたのだろうか?
身を硬くすると、
「さっきは悪かった」
開口一番にそう言った。
謝罪――史宣がそんなことを言うのは初めてで、驚いた。私が固まっていると、
「自分の気持ちを誤魔化してるなんて、お前に偉そうなこと言ってたけど、それは俺の方だ…。話、聴いてくれるか?」
いつだって自分の話は聞いて当然の態度だったのに、今は緊張しているように見える。
何を言うのだろう。
私は黙ったまま史宣を見つめた。それを了承と受け取ったのかゆっくりと話し始めた。
「…お前も知ってるだろうけど、俺は恵まれて育ってきた。優しい両親の元にうまれて、勉強も運動も人並以上にできて、誰からも好かれてた。だからいい気になってたんだ。人は俺のおこぼれを期待して、声をかけられるのを待ってるって思ってた。だからいつだって、お前らが望むならくれてやってもいいって。けどお前は俺に望まなかった。何かをしてくれとは一言もいわなかった。そのことにイラついた。望まれなければ何もできない。だから望めよって……要領が悪くて、損ばかりしてるお前を助けてやりたかった。それで感謝されたかった。それがどうしてなのか考えもしなかったけど……俺は、お前に好かれたかったんだ」
真摯な言葉だった。
まっすぐに、私の元へ届く。こんな告白を聞ける日が来るなんて、夢のようだ。というか、これは夢なのか。幻を見ている? 私は左頬をつねってみる。痛い。夢、なんかじゃない。
史宣は私の行動に、一瞬だけ顔をしかめたけど、また真顔に戻って
「俺はお前のことが好きだ」
もう一度言った。夢じゃない、と証明してくれているのか、ハッキリと言い切った。それから、
「……お前だって俺のこと、好きだろう?」
その言葉は、ほんの少し声が小さくなっていた。それでも、そうやって言えてしまうのが史宣らしい。
そうだ、私も史宣が好きだ。
だけど、それを告げることは許されない。でも、私は幸せだ。史宣が私を好きだと言ってくれた。そんな日が来るなんて。一生分の幸運を使い果たしてしまって、後の人生が恐ろしいと感じるほど、私は嬉しかった。
小さく呼吸。
私は覚悟を決めた。
「ありがとう。でも、私は――」
だけど、、言葉は最後まで紡げなかった。
強い突風に煽られたから。
そして、次の瞬間、目の前に立っていたのは、
「ドーセ! なんだよ、お前。今いいところなんだから邪魔するな」
「邪魔? 冗談でしょ? 私は邪魔なんてしませんよ。そろどころか助けにきてあげたんですよ?」
「はぁ?」
史宣と知り合いなの? 状況がうまく飲み込めなかった。
「ちょっと今からつばきさんと大事な話があるから黙っててください」
「……なんでお前がつばきのこと知ってんだよ」
「秘密」
「なんだよ、お前一体……」
「静かにしないなら、あなたの恋、成就しませんよ? かまわないならいいですが。天使は嘘は言いません」
その一言がきいたのか、史宣は黙った。素直に言うことを聴く姿など滅多にみれない。場違いにも感嘆してしまった。そんな私を史宣は睨んだが今はそれよりドーセだ。
私の方に向きなおると、静かな声で告げた。
「おめでとうございます。約束は守られました」
――約束は守られた。
それはどういう意味なのか。尋ねるより早くドーセが口を開いた。
「約束を覚えてらっしゃいますね?」
うなずくと、ドーセは完璧な笑みを返してくれた。
「騎堂史宣の命を助けるかわりに、あなたが彼を好きなことを「あなたから」告げてはならない。けれど今回、彼から告白を受けたので、それにあなたが答えることは約束違反にはなりません。同時に、相愛になったのですから、片想いは消滅し、あの約束は意味をなさなくなりました。ですから、約束は未来永劫守られることになったのです」
そんなうまい話があっていいんだろうか。自然と眉根がよってしまう。
「こういう展開はお嫌いですか? でもね、私は思うんですよ。やっぱり王子様がお姫様に告白するべきだって。これはどうしても譲れなかった」
それは、最初からこういう結末になることを見込んでいたということ? だから私にあんな条件を出したの? すべてドーセの計画だったのだろうか。
「ただ、今回、王子様が困った人だったので、お姫様にも辛い思いをさせました。それが気がかりです。私を許していただけますか?」
「許すも何も……」
史宣に好きだと言ってもいい。素直になっていい。失った機会を再び与えてもらえた。ドーセに感謝の気持ちこそあれ憤るなんてありえない。けれど、それを伝えるには胸がいっぱいで言葉にならなかった。かわりに私は馬鹿みたいに幾度もうなずいた。
「そうですか。それならよかった。あなたの幸せを心から願っております。もうお会いすることはないでしょうが、どうぞお元気で」
そして、そのまま泡のように消えてしまった。
あれから史宣と正式に付き合いだした。
恋人となってからの史宣は呆れるぐらい私のことをかまいたがった。そういえば、元々そういう性格だった気もする。小学校の頃はクラスを取り仕切っていたのだ。だが、年齢を重ねるにつれ、人の欲深さに嫌気がさし、誰かに何かをしてやる気をなくしてしまったと。今もそれは変わらないらしく、ただ私に関しては例外で、自分のもっている全てを注いで世話をするのが何よりも楽しいのだと言ってのけた。そのかわり、独占欲も半端なかった。少しでも他の人を頼ろうとすると烈火のごとく怒るし、拗ねるし。そのうち、私が自分で出来ることまでやろうとするのではないかと心配だ。実際、私が熱を出して寝込んだ時など、自分で食べれるというのに嬉々として食べさせてくれた(うちの母親はそれをみて卒倒しそうだったけど)。
そして、時々、ドーセの話をする。
「結局、あいつにいいように遊ばれた気がする」
「そう? でもドーセがいなかったら、私は自分の気持ちに素直になるってこと知らないままだったと思うけど」
「まぁ、それは俺もだけど……けどなんか納得いかないというか。俺たちにとってだけじゃなく、ドーセにとってもこれって意味があったような気がするんだよな。天使の戯れにしては手が込んでるし…第一、何のメリットもなく純粋にキューピッドをやってくれるような人の良さは感じなかった。あいつ相当性格悪いからな」
「天使を捕まえてよくい言うよ」
けれど、実のところ、私も同意だ。ドーセにとっても、私たちとの関わりが意味を持っていたのではないか。なんの意味もなかったわけではない。と思う。そして、それについて一つだけ心当たりがあった。ドーセが私に言った言葉。『私はあなたに知ってほしかったんです。想いを告げることさえ出来ない者もいること。』言われた時は自分のことで一杯で深く考えなかったけど、あれはもしかして――。
「おい! 俺の話きいてんのか?」
「あ、ごめん。ちょっと考え事を……」
「俺といるときに、俺以外のことを考えるな。つーか、俺がいないときも、俺以外のことを考えるな」
「……そんな無茶なことを」
否定すると史宣はむくれた。しまった。完全に機嫌を損ねてしまったら大変だ。私は慌てた。史宣は妙に頑固なところがあり、一度臍を曲げるとなかなか治らない。こないだはそれで一週間ほど口を聞いてもらえなかった。たまにはそれぐらい離れてみるのもいいのだが、不機嫌なままでも傍には寄ってくるので困る。ピリピリムードではこちらの神経がもたないし、周囲の人も気遣ってちょっとした騒ぎに発展したのだ。
「考えていたのは史宣のことだよ。行きたい映画があるから、一緒に行きたいなって思ったんだけど、ミュージカル映画とか興味あるかな? って思って」
「お前の頼みなら俺が断るわけないだろ」
史宣はまだ少し不機嫌そうだったが、当然だと言ってのけた。
***
いつも考えていた。
もし、あなたに話しかける日がきたとして、
最初の一言は何がいいだろうか。と。
それが私の楽しみだった。
私を覚えていてくれるよう、
うんと衝撃的なのがいい。
たとえば、そう
――あなたの願い、叶えてさしあげましょう。
2010/1/9
2010/2/21 加筆修正