君じゃなくてもよかった。
また、春が巡ってきた。
一年前、一人きりで訪れた公園。
泣くことも出来ず、立ちつくした。
今は静かな気持ちで散りゆく花びらを見つめる。
あれからいろんなことがあった。
まず、瑠璃と咲哉の関係は変わった。恋人とケンカして別れた瑠璃を慰めて、二人は付き合い始めた。咲哉はついに想いを遂げて、愛しい女を手に入れた。
瑠璃は嬉しそうだった。
「なんでも言うこと聞いてくれるの」
「とっても優しいのよ」
「やっぱり年上の男よね。甘えさせてくれて最高」
私はそれを何食わぬ顔で聞く。
友達として「よかったね」と「おめでとう」と返す。
瑠璃は何も知らない。私が咲哉を愛していたこと。咲哉だって知らない。私が瑠璃の同級生だということ。
咲哉は迎えにきても、瑠璃しか見ていなかった。幾度か視界に入ったことはあるけれど、眼鏡をかけて、髪をひっつめた私が、夜の相手をしている女と同一人物であると気付かなかった。
本当に、少しも興味がないのだ。
わかっている。わかっていた。それでも、どこかで期待している自分がいた。気付いてくれるのではないか、と。それぐらい見抜いてくれるのではないか、と。でも、現実は甘くはない。そして落胆し、悲劇のヒロイン気分になる。そんな自分が一番嫌だった。
早く時間が過ぎればいい。
時が、この胸の痛みを忘れさせてくれるだろう。
いずれ、きっと、何の苦しみもなく、心の底から二人のことを祝福出来る日が来る。
ただ、祈った。
だけど。それから半年後。
瑠璃と咲哉は別れた。
「だって、付き合って半年も経つのに、手も握ってこないんだよ? それに、なんか恋人と言うよりもお兄さんって感じだし。最初はよかったんだけど、やっぱりなんか違うって思って。私はちょっと強引な俺様な人が好きみたい」
聞かされて、私は頭が真っ白になった。
咲哉に別れを告げて、会えなくなってから今日まで、寂しくて悲しかったけど、そんな辛さなど比ではないほどの衝撃に襲われた。
それは二人が別れたことにではない。
咲哉はあれほど瑠璃を愛していたのに。その苦しみから別の女を刹那的に抱かなければおかしくなってしまうほど、瑠璃を愛していたのに。半年程度で別れたことは、驚いたけれど。私がショックだったのはそのことではない。
咲哉が瑠璃に手を出さなかった。
その事実が、私の心を粉々にした。
それが意味する真実が、私を打ちのめした。
ああ、そうなのか。
咲哉は瑠璃を抱かなかったのか。
それどころか、手も握らなかったのか。
瑠璃のことは愛しているから。
大切だから。
本気だから。
想うあまり、手を出せなかったのか。
この人は、大事な女にはなかなか手を出せないのだ。
でも、私のことはすぐに抱いた。
――ああ、
この時、私は、初めて、ちゃんと、悟ったのだ。
「私は、彼に、愛されていない」ということを。
ただの遊びだったこと。
それまで、どこかでまだ、自惚れていた。
嫌な女とは関係しないでしょう、と。
少しぐらいは好かれていたよね、と。
けれど、告げられた事実に、私は認めざるを得なかったのだ。
嫌われていないことと、好かれていることは違う。
セックス出来る程度に好ましくはあっても、心が伴う好きではない。
――私は少しも愛されていなかった。
頬を伝うのは涙。
"あの夜"から一度も泣かなかったのに。止まらなかった。
それから更に時間が流れた。
大学生になっていた私は、飲み会によく顔を出すようになった。お嬢様校で有名だから、コンパは引く手あまた。
そこでは優しくされた。私に興味がある素振り。単にやりたいだけなのか、本気かはわからない。ただ、その場でちやほやされて、悪い気はしなかった。
いろんな男の子とメールや電話のやりとり。
だけど、関係は持たない。
それが征服欲を誘うのか、更に声がかかる。
あれほど必死で追いかけていたのが嘘みたいに、追いかけられる現状に満足した。惚れるより、惚れさせろ。まさに。私が必死にならなくても、誘ってくる。私が懸命にならなくても、場を繋ごうとしてくれる。私はただ笑ってさえいればそれでよかった。でも、
――違う。
自分の心がそこになければ、ただ虚しいだけだ。
楽しいけれど、虚しい。
もっと寂しくなる。
そして、思う。
私はまだ、あの場所から、動けずにいるのだと。
未練がましい自分を笑った。
いつかこの桜を、ただ懐かしいだけの記憶として見つめる日がくるのだろうか。
自然な形で、変われる日が来る?
不透明な未来。
風に揺れる桜の下。
散りゆく花びらに、胸の痛みをたくす。
早く、全てを忘れる日が来てほしい。
私はもう苦しみたくない。
だけど、運命とは皮肉なもので、この三日後、私は彼と再会する――。
2011/5/1
2011/6/16 修正